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ひたひたとやさしく

親愛なる嶋津さん

「知性の交換」がやってきました。ありがとうございます。味わいながら読みました。

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「知性の交換」とは、こちら。本棚から相手に合いそうなものをセレクトして贈り合うことを提唱された嶋津さんに、「わたしも」とお願いして入れていただいたのです。

いただいた本は、小山薫堂「フィルム」。一緒に入っていた紅茶はアールグレイ。木枯らしがやってきそうな窓の外を眺めながら、ゆっくりと薫り高い紅茶をいただいています。

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小山薫堂は、何となく名前は知っていたけれど初見の作家でした。小説家というより放送作家、脚本家。「料理の鉄人」などの人気番組を手がけ、映画「おくりびと」を書いた方でもあるんですね。

本は短編集。

いずれもごく普通の人々の、うれしかったり悲しかったり呆然としたりする日常の一断面が見事に切り取られていました。その中に流れる人間への多彩な視線が、たとえハッピーエンドにはならなくとも小さな希望のような明かりを心に灯してくれた気がします。

亡き父の知らなかった姿をたぐってゆく「フィルム」。仕事一筋に、それが望む方向だと思って走ってきた男の途中休憩を描いた「アウトポスト・タヴァーン」や「パイナップル・ラプソディ」。見知らぬ老女性とのやりとりが少しずつ主人公を変えてゆく「ラブ・イズ……」。おとぎ話のような「セレンディップの奇跡」。他の物語もみな、どこかですれ違った人の人生の一部をのぞいているような気がしました。それでいて興味本位ではなく、どんな人であってもその良くあろうとする面がこぼれてしまわないように見守る、そんな著者のスタンスも感じました。読み終わって、たくさんの出来事があるけれど、自分もまた新しく生きていこうという不思議な感覚を覚えました。

嶋津さんはどんな気持ちでこの本をお読みになったのでしょうか?

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先に私からお送りしたのは佐藤雅彦の本。なんと嶋津さんは既読で、あらあら失敗と思ったのですが、「同じ本を好きであることは嬉しい」と言ってくださいました。

佐藤雅彦は、「ピタゴラスイッチ」とも「だんご三兄弟」や「ポリンキー」のCMとも結びつかないまま、ニセコの有島記念館でいきなり出会いました。この中に「高野珈琲店」というブックカフェがあります。ひとり出かけた雨模様の日に、ここで、カフェオレを飲みながらふと手にしたのが佐藤雅彦の「考えの整頓」という本でした。それ以来のファンです。わたしのページのトップ画像にしているのがそのときの写真です。

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実はもう一冊、こちらを送ろうかと迷った本がありました。

吉田篤弘(クラフト・エヴィング商會の人でもあります)の小説。深夜の東京でさまざまな人たちが交差し、すれ違い、めぐり合い、次の一歩に踏み出してゆくような不思議な香りの群像劇。

最後まで迷って迷って、きっと他の皆さんが嶋津さんには小説を送るのだろう、小説はたくさんくるだろうと深読みしました。こちらも面白いですよ。でももしかして、こちらも既にご存知だったりして?


「知性の交換」というのはわたしにとって大変新鮮な企画でした。人から本を受け取ることは、その人の考えや感じ方の例を生でいただいているようで、ドキドキするし背筋が伸びます。お互いの肖像を写真に取り合っているような感覚です。知らない方角に歩き出したくなるような、とてもステキな体験をさせていただきました。ありがとうございます。

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第3回の「教養のエチュード賞」、どんなことを書こうかと迷っていましたが、原点に戻って嶋津さんへのお手紙を書きました。いただいた本に添えられた自筆のお手紙、温かい言葉で綴られた贈り物を大切にいたします。


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