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ぐだぐだな土曜日

#チコちゃんに叱られそう日記  19日目。

休みなので起きてからしばらくスマホを眺めてダラダラした。それから昨日の野菜スープにトマトピューレを加えてトマトスープにチェンジ。溶けるチーズを盛り盛りにトッピング、残っていたパンとプチトマトで朝食にする。果物を食べようと梨を買っていたが出し忘れた。

とても良い天気で行楽日和。気温もほどほど。ちょっと海を見に行きたい気持ちにもなったけれど、仕事が進んでいないことにわだかまりがあってどこにも行かず家にいる。家にいるからといって仕事ができるわけではないけど。

洗濯機を2回まわし、干して朝食の食器も洗ったらもう何かをする気力が残っていない。疲れているのではなく、行動を起こす元気が出ない。週末には時々こういうことが起こるが誰も怒る人はいないので安心して自分もごろごろとする。何もすることがなくてもヒマだとは全然感じないので、多分からだが休みを欲しているんだろう。

それでもまったく動かないとそれはそれで調子を悪くするので、車を出してちょっと離れた道の駅までドライブした。野菜販売所があるところだ。ここに来ると近隣の農家で採れたちょっとおもしろい野菜などを手に入れることができる。今日は切らしていた人参と大根、小松菜と、赤大根をひとつ。それからあまりにもつやつやとキレイだったので米なすを購入した。

赤い大根と言ってもいろいろ種類がある。

今日買ったのは多分、外側も中も赤い奴じゃないかと思うんだけど、これってサラダとか漬け物以外にどうやって食べるんだろう? あまり考えもなく買ってしまった。オットがぬか漬けにするだろうか。

でも結局歩いたのはそれだけで、あとは一日中ゴロゴロと寝ころがって他人の日記を読んで終わった(すごくおもしろいのこれが!)。動いてなくてとても不健康。その日記では、書き手は食べて仕事して遊んで時には傷つき時には喜んでとてもたくさんの活動をしている。読み終わって自分を省みて、明日からはもう少し活動的に過ごそうと反省した。少なくとも階段にゴミが落ちているから掃除機をかけよう。(でも今日はもうしない)

以前「よく書かれた日記がなぜ面白いのか」と考えていたけれど、書き手の生き様を垣間見られるのがいいのかなと思った。だから単なる記録で、感じたことや考えたことが通り一遍の「おもしろかった」「おいしかった」「悲しかった」だけの日記は読んでいて全然面白くない。何がどう面白く、それは書き手の心をどんな風に揺さぶったのかが解像度高く書かれているものが読み手にも面白いと感じられるのだろう。結局、書き手の表現力なのかなあとぼんやり考える。

自分はどうかと振り返ると、こうして毎日日記を書いてはいるけれど、その時々の気持ちの機微だとか、何かのできごとを通して考えたことや感じたことを表現できているかというと心もとない。そもそもあまり「感じて」いないようにも思う。考えることはするけれど。いや、本当はどこかで「感じて」いるんだけれど、それがネガティブなものだった場合、日記で表現するどころか見なかったふりをして忘れている可能性がある。たとえばついているテレビ(地上波があまり好きではないんだけど、オットが好きなんでよくついてる)から流れる不愉快な発言とか、耳に入った一瞬は「むっ」とするのだが、そこで何か考えたり言葉にすることを拒否してなかったことにしてしまうような。それはわたしの大きな欠点で弱点で、さらに言えば自分のメンタルヘルスのレベルを保つ強みでもある。

でもこういうの、サイレントマジョリティと言って、社会を片方の極に動かすのにとても都合のいい人間なんだよな。

そんなことを考えながらも夜になったので夕食にした。つやつやの米なすで「ナスのガーリック炒め、アンチョビ風味」を作ろうとして失敗する。ナスが多すぎたみたい。大きすぎたというか。味付けしたのにほとんどナス本体の味しかしなかった。アンチョビはどこへ?

明日はもう少し活動的に過ごしたい。



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