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肌トラブルを、あったこともない姉ちゃんが解決する事

 どうして言われたことを素直に受け入れられなかったのだろう、と思う。
「人の話をよく聞きなさい」
「きちんと貯金をしなさい」
「早起きをしなさい」
 いつか誰かから言われたようなことばかり。酒はちゃんぽんするな、の件も含め、「そうか、なるほどすぐそうしよう」と思えなかったのだ。
 その証拠に、これらの金言の大切さを、今、…かみしめている… !

「もっと… はやくから始めればよかった…」と思う僕が、ここにいる。


 仕事のあいまに、二十代理系男子Nと後輩のIが美容について話をしていた。Nがひげそりに使用するシェービングクリームの種類と、ひげそり後の肌の手入れについて、どんな化粧水を使用するのかという件について語っている。
 僕には詳しいことは分からないが、収れん効果がどう、とかでどうもやみくもに毛穴をしめればいいというものではないらしい。そういう難しい大人の話をしている。
 言うまでもないことだが、お釈迦様は中道を説いておられる。まさしく「どちらか一方をやみくもにやっていてはいけない」という事だ。毛穴だってしめていればいいというものじゃない。そんなことは紀元前から分かっている。

 ひとしきり二人の話を聞いて僕は、僕自身のレベルに落としたちょっとした悩みを打ち明けたのだった。

「顔はカサカサして皮膚はむけるし、かといって油分がないというわけでもなく、角栓は気になるし、いったいどうしたらいいのだ」と。


「一日に何回石鹸で顔を洗っていますか」とIに聞かれ、毎日風呂で一回洗うと答えた。すると言い終わるか終わらないかのうちに、
「朝も石鹸で顔を洗ってください」
と、食い気味で僕に告げたのである。

 そんな馬鹿な、と思った。朝と言えば日本男児の「新しい朝」である。前の晩に風呂に入って、睡眠をしっかりとって、新品の状態になって今日という日をこれから過ごそうというとき。こともあろうか顔面に石鹸をつ…

 「姉ちゃんが言うには」と、Iは慎重に前置きをした。

 「朝起きたときの顔の状態が、最悪らしいです。一晩かけて分泌した油を糧にして、細菌が顔で繁殖するんだそうです。だから朝一回、石鹸をつけて洗顔をしてください。出来れば枕カバーだって、毎日洗ったほうがいいそうですが、私もそこまではしません。とにかく毎朝石鹸で洗顔してください。その後、化粧水をつけてください。夜もそうしてください。清潔な状態を保つことで、顔の代謝が正常化して、肌のトラブルも減るそうです。」
と、立て板に水を流すように、そういうじゃありませんか。


「朝も石鹸で顔を洗え」

いつか、誰かが僕に教えてくれただろうか。
… おそらく、誰かが教えてくれただろう。そんな気がする。どこかで聞いたことがある。

 こうして、冒頭の問いに戻る。
 どうして言われたことを素直に受け入れられないのだろう。僕はそういった人の話も聞かず、ただいたずらに顔面の肌を荒らし、肌が荒れるなあと嘆くだけの愚かな生き物だった。

 とにかく、僕はそれ以来、あったこともないIの「姉ちゃん」に言われて(言われてはいないが)、毎朝石鹸で洗顔している。

 肌のトラブルは目に見えて減少している。

 過去、そういうアドバイスをくれた人がいたような気もする。にもかかわらず、案外あったこともないような人の意見が胸にスッと落ちるこの現象は一体何だろう。

 うわさ話程度の方がニュートラルな気分で聞けるし、「ちょっと試してみるか」と思えるのだろうか。僕も誰かに何かおすすめするときは「姉ちゃんがいうには」といってみようかしら。

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