スミルデの庭

田舎に暮らすことにしたのは
丁寧な暮らしがしたいとか、都会の暮らしに疲れたとかそう言うこととは全く関係なく
なんならソバを打つとか
天然酵母でパンを焼くとか
朝日と共に目覚めるとか
有機野菜を育てるとか
ご近所の人たちとの寄合いとか、
その辺のことはとにかく苦手で
ただ同居を機に引っ越すこととなり、
予算と敷地の希望を叶えたらこうなった、というだけだった。
5月に築45年のアトリエ付き物件を見つけた。しかし相続がややこしい事になり、梅雨を越し引き渡しが終わった夏真っ盛りの頃には立派な廃屋へ成長していた。自然の力はすごい。
引き渡しが延びたこともあり、潤沢とは言えない資金は目減りし、予定より大幅に自力でのリフォームを余儀なくされたのだが、
予定よりボロくなってしまったとはいえお気に入りの家が手に入った我々は、どうにかなると高をくくっていた。
バカだった。
リフォームは自力でするものではなかった。
有り体に言えば、難航を極めた。
屋根から落ち、屋内にゲリラ豪雨が降り、動物の糞、大量のヤモリのたまご、襲い来る虫、重すぎる建材、暑さ等々。
気力体力のメータはとっくに振り切り、何度も「もうやめたい」と泣き、ドナドナの子牛の気持ちで毎朝廃屋へ車で向かった。
が。ある日、転機が訪れた。
絶望のリフォームをしていた昼下がり、
通り雨が過ぎた庭で、土が溜まり苔が生えた雨樋の先からなにかふわりと揺れたのに気付いた。
目を凝らすとそれは湯気で、少し先の空間にふわふわとほどけることなく集まっている。
すごいもん見ちゃった…
雨上がり、濃い草の匂い。滴がきらめいて宝石みたいにまばゆい。爪先を山に食まれた屋根。そこから生まれたよちよち歩きの雲!!
ここで生きていけるかもな、と思った。
住みはじめて半年あまり。
ソバも天然酵母のパンも早起きも有機野菜も人付き合いもやっぱりしていない。けれど
毎朝の庭での深呼吸が習慣になった。
雨上がりに出来る、スミルデの雲を探すことも。

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