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【無料記事】大きめの黒子を摘出した話

【黒子から黒子の話へ】

 前回は麻雀大会における黒子(くろこ)について持論を展開した。
 今回は同じ字を書いて「ほくろ」と呼ぶ、あの物体について語る。
 まったく麻雀には関係のない話なのだが、黒子つながりということでご容赦願いたい。
 当たり前の話だが、私ぐらいの年齢になると周囲で病気の話題になることも増えてくる。
 前は「モンド名人戦」の前室(対局スタジオ横のたまり場)での会話を聞いて「病院の待合室みたいやな」とか思っていたが、だんだん、自分たちもそのグループに近づいていることを自覚するようになってきた。
 先日「日本プロ麻雀連盟」が所有する「夏目坂スタジオ」のマシンルームで放送の準備をしている時に、三田晋也が脳ドックの結果を見せてきた。なんでも、彼の海馬が平均より小さいらしく、少しヘコみつつも、面白いだろうと思って見せてきたのだ。
 海馬とは記憶力や判断力を司る部位であり、麻雀のプロにとっては大切な箇所だ。それが平均よりも小さいというので、三田はかなり気にしていた。
 「だから俺、昇級できないのかなー」とか「ストレスが原因で海馬が委縮するらしいので、黒木さんのせいでストレスたまってそうなったのかもしれないです」とか「スマホゲームとかパズルとか頭使ってたら大きくなるらしいんですけど、麻雀プロで委縮してたらヤバいですよね」と、ずっと気にしていたが、私は基本、スルーした。
 三田は同時にがん検診も行い、まったく問題はなかったらしい。これだけやってトータルで5万円未満だからオトクなので「黒木さんも受けた方がいいですよ」と言ってきた。肺がんや胃がんの検査は行政が無料でやってくれるものを利用すればいいので、それ以外の臓器の検査をするのだと言う。三田は自分が受けたコースを教えてくれて、同じものを受診するよう私にすすめてきた。
 だが、私は自分の健康に自信があったので「金の無駄やからええわ」と一蹴した。三田家にはこれから子供が生まれる。だから不安をなくすためにも検査を受けたのだろう。
 麻雀のプロは個人事業主であり、大手企業の社員のように健康診断を定期的に受ける習慣がない。自分で自分を管理しないと、ズルズルと何年も検査をせず、気づいた時には遅かったということにもなりかねない。
 私もそれは分かってはいるのだが、いざとなると面倒くさくなる。

【皮膚がんの可能性】

 そのやりとりをした2日後、風呂から上がってふと左の腰のあたりを触った時に違和感があった。身体の中心より少しだけ後ろ側にあったので、身体をよじって見てみると、干しブドウのような物体があった。
 こんなところにほくろ、あったっけ?
 もしかしたらダニが食いついているのかもしれないと思って引きちぎろうとしたがダメだった。ダニなどの類ではなかった。
 たぶん、皮膚がんだ。
 私はこの干しブドウのようなぶよぶよした、ほくろ状のできものを皮膚がんではないかと疑った。
 ネットで検索してみると、似たような画像があって、やはりそれは皮膚がんだった。
 なんか、最近のnoteで、業界から必要とされなくなったら死ねばいいみたいなことを書いたが、ちょっと早いかなーと思った。
 気づいたのが金曜日の夜だったので、月曜日の朝に近所の皮膚科に行った。先生が診て、すぐに顔をくもらせた。
 「これ、いつから?」
 気づいたのは金曜日の夜中です。
 「ちょっと大き目に摘出して病理(検査)に出した方がいい。いいかな? ちょっと大き目に切り出すけど」
 はい、もちろんです。これやっぱり、皮膚がんですか?
 私がそう言うと、先生は私の肩に手を置いて眼を覗き込み、静かに「否定できない」と言った。
 こわっ。言い方、こわっ。
 先生は「摘出はオペ(手術)になってしまうので、8,000円ぐらいかかります。それと、早い方がいいのですが、いつにしましょう。まさか今日は無理だよね? 明日は?」と言った。
 私が「今日お願いしたいです」と言ったら、先生は「良かった。1日でも早い方が良い」と言った。
 そんなに急ぐのか。まあでも、私の齢(50歳)でがんが転移していたら進行も早いだろうから、先生はそれを心配してくれているのだろう。
 その場ですぐ「できもの」を摘出してもらった。5針縫ったが、痛みなどはまったくない。手際も良く、数分で終わった。
 病理検査の結果は10日ほどで出るという。
 それでもし皮膚がんだということになったら、次はそれが内蔵に転移していないかの検査を受ける。それで転移していたら治療を始めなければならない。
 とりあえずは何もしなかったが、転移していたら身辺整理を始めなければならない。
 プライベートなことなので詳細は省くが、色々なことを遺された人のためにやらなければならないだろう。
 保険を申請して、もらえるものをもらわないといけない。
 そんなことを考えていた。
 会社のことはケネス徳田が何とかしてくれるだろう。
 実際、徳田に「皮膚がんかもしれない」と言ったら「まあ死んだら死んだでこっちで何とかしますわ」と言ってくれた。
 日本プロ麻雀連盟は私がいなくなっても何も問題はない。誰かが欠ければ誰かが頑張るように世の中はできているのだ。

【検査結果】

 結果は8月2日に出たが、がん細胞は認められなかったという。
 先生は「全部摘出したから安心してください。大丈夫です」と言ってくれた。
 「今回は早く来てくれてよかった、ありがとう。今後も何かちょっとでもおかしいと思ったら早くきてください。助けたくても助けられないのは悔しい」
 そう言ってくださった。
 結局、私の左腰にできたものは、ただの干しブドウのような、大きなほくろ状のできものでしかなかった。
 だが、少しは不安を感じたし、最近亡くなった知人たちのことを思い出した。
 馬場裕一さんは数年前からがんと闘っているし、別の知り合いも最近闘病生活に入った。
 私は自分の健康状態に自信はあるのだが、そういう周囲の警鐘とか、自分に起きたちょっとした変化には敏感で、重く受け止めるくせがある。
 薬を処方されている時間を利用して、三田と同じ人間ドックを受ける予約を入れた。
 区役所から届いたがん検診の封筒も引っ張り出して、ちゃんと受けようと思う。
 高校生の頃から記憶容量が少なくて悩んできたので、特に海馬の大きさに興味がある。
 それを知るのは、少し楽しみで少し不安だ。

(了)

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