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麻雀界が将棋界を模倣するのはナンセンス(文・黒木真生)

ただ金が欲しいだけ

 まず最初にお断りしておきたいのは、麻雀界と比較することは、将棋界に対して非常に失礼で恥ずかしいということである。少なくとも私はそう思っている。

 なぜかというと「麻雀の世界を将棋の世界みたいにしたい」と言っているプロ雀士のほとんどが「麻雀で勝ったら賞金はもらえるが安いから高くして欲しいし、対局料も払って欲しい」と思っているだけだからである。

 しかも厳密に言うと「将棋の世界みたいにしたい」のではなく「将棋の世界みたいにしてくれ」なのである。

 つまり、俺らは麻雀が強い。しかし勝っただけでは金がもらえない。そうするとバイトしたりしなければならない。それはしんどい。だから将棋のプロみたいに金をくれ。そう言っているわけである。

 正直、私も若い頃、同じようなことを思った。ただ、麻雀の世界で仕事をしていく内に、それは無理だし、そっちの方向を目指してもロクなことにはならないと思うようになった。

 だいたい、誰が何のために「麻雀打ち」に金をくれるのか。その部分がごっそりと抜け落ちているから、恥ずかしいのである。

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大新聞社の協賛

  将棋の世界には朝日、毎日、讀賣などのメジャー新聞社がスポンサーになっている。

 江戸時代に幕府からお金をもらって将軍の御前で試合をしていたという歴史がある。つまり、ある意味でこの時代から試合をして金をもらう「プロ」がいたわけだ。

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 その後明治維新があって戦争があっても、将棋は「文化」として世間から認められていた。そういった歴史と伝統の上に、将棋界の方々の努力があって、今の堅固な将棋の世界が成立している。だからこそ新聞社が莫大なお金を出してくれているのである。

 一方、麻雀は戦前に日本にやってきたものの「文化」として定着したのは戦争が終わってからだ。それも「伝統のある文化」ではなく「新しい大衆娯楽」に分類されるようなものである。しかも麻雀は必ず「金を賭けるもの」であった。もちろん、将棋や囲碁でも賭けるのは当たり前だったが、その賭け方が違った。当時のイメージで言えば、麻雀は「100%ギャンブル」だったのである。

 「麻雀を人様に見せる競技にしよう」ということをやり出したのは「近代麻雀」で、その創刊は48年前である。つまり、プロ麻雀界の歴史はだいたい50年弱だということになる。

 歴史と伝統がないなら、ウリはその瞬間の「人気」だ。宣伝効果があるような人気コンテンツなら金を出す会社があったかもしれない。確かに当時の麻雀は人気があったが、将棋のような大スポンサーはつけられなかった。

 時代的に言えば新聞よりもテレビの時代だったから、テレビの民放キー局からスポンサードされていれば、麻雀も将棋のようなプロ世界が築けたのかもしれない。

 だが、スタートが竹書房「近代麻雀」なのである。雑誌メディアが作った雑誌企画に他のメディアがスポンサードするだろうか。「競技麻雀」とうたいながらも、実態はその本を売るためのコンテンツにすぎないのである。

 そこに日本テレビとかフジテレビが金を出すわけがない。大きなメリットがあれば別だが、なかったのだからしょうがない。人気コンテンツとはいえ、せいぜい「近代麻雀」が数万部(場合によっては十万部以上)単位で売れる程度の人気であり、テレビが相手にする「数百万、数千万」の人を巻き込むことはできていなかったのである。

 プロ麻雀界はプロ組織ありきではなく「近代麻雀」が作ったタイトル戦「最高位戦」からなし崩し的に作られていった世界だ。

 もし仮に、先にプロ麻雀の組織があって、そこがいくつもの出版社を巻き込んで協力を得るような形を取れていれば、また違ったのかもしれない。だが、事実としてそうはなっていないのだ。

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今から努力できるのか

 過去のせいにするな。今からやれよ。

 そう言う人もいるだろう。一応はやっているのだが、なかなか厳しいところがある。

 現段階においても、麻雀は「伝統文化」として認められてはおらず「娯楽」にすぎない。

 業界内外の麻雀を愛する人たちの努力によって、かなりイメージは良くなってきた。

 極めつけはMリーグだろう。

 Mリーグで藤田晋チェアマンが「ほら、大丈夫ですよ」と真っ暗闇の中に飛び込んでくれたことによって、時代がかなり変わりつつある。

 ここ数年、様々な企業の担当者や経営者の方々から「麻雀が好きなので何かしたい。でも怖くてできない」という話を何度も聞いた。

 「怖い」というのは、麻雀をやる場所である雀荘は「風俗営業」に分類されるものであり「麻雀は賭けるもの」というイメージというか常識があったからである。そのようなものに手を出したは良いが、何かあったらどう責任をとるのか。リスクとリターンのバランスが悪すぎるのではないか。そう考えるのが普通である。

 Aという企業がBというプロ団体に1億円の協賛をした。Aの冠を付けた大会を開いた。優勝した人がその賞金を持って雀荘に行って賭け麻雀をして警察に捕まった。それがスポーツ新聞に掲載された。はいアウト。企業の担当者たちは、そんなことを考えてしまうのである。

 そんな大げさな。

 読者の中には、そう思う人がいるかもしれない。

 しかし、私たちは様々なケースを見てきた。

「日本プロ麻雀連盟」の道場は巣鴨にあるが、物件の候補として、違う駅のビルがあいていた。しかし、そこにはフリー雀荘があったので、大家さんはそのお店にヒアリングしてくださった。「健康麻雀のお店が同じビルに入ってきても良いですか?」と。

 すると「プロ雀士が自分の店に来て勝ちまくってお客さんを大敗させて潰してしまうかもしれないのでやめてください」とのことだった。

 オーナーには、そんなことにはならないと説明はしたが、もう違う駅にしようと、すぐに諦めた。

 巣鴨に道場をオープンした際に、郵便局の広告を使おうと思った。安くて、地元の高齢者の方々に訴求するにはちょうど良いと思って申し込んだ。担当の方に「絶対にお金を賭けない健康麻雀ですが風俗営業の許可はとっています」と話すと「健康麻雀なら知っています。問題ないと思います」と言われたが、後ほど電話がかかってきて「ごめんなさい、ルール上風適法の管轄内にあるものは掲示できないとのことです」という結論だった。まあそうだろうなと思った。

 消費者金融のCMに出演するタレントさんは「麻雀禁止」になることが多い。賭ける、賭けないは関係なく、麻雀をやっていることがバレたら契約違反になることもあるそうだ。

 金融系ではなくても、契約によっては麻雀NGのケースもあるという。

 まあ、契約書を作る時に「危険を回避しよう」と考えるのは当然であろう。

 だが、それら「なんとなく麻雀やばそう」という雰囲気を藤田さんが一変させてくれた。

 我々が「大丈夫ですよ」といくら説得しても、ライオンが「食べないからこっちへ来い」とオリの中にいざなっているようにしか見られない。

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 誰か信用のある人が、実際にオリの中に入ってライオンとたわむれてくれないと、興味のある人も後から続けないのである。

 藤田さんはプロ雀士たちを信用して、オリの中に飛び込んでくれた。そうして他の企業を招き入れ、作ったのがMリーグだ。

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 もし、選手たちが何かやらかしたら「ほらいわんこっちゃない」ということになる。藤田さんが築き上げてきた企業人としての信頼に傷がつく。

 ともかく、麻雀業界としては「ほぼ何もできていない」ところに、急に藤田さんがものすごい資本を投下してくれた。

 それによって、将棋界にかなわないまでも、徐々に麻雀にスポンサードしてくださる企業が増えてきている。

 だが、プレーヤー全員にお給料が払えるまでにはなっていない。そして何より、将棋との違いが決定的な「評価」の違いがある。

何に対してのスポンサードなのか

 将棋の世界には「勝敗」の重みがあって、「勝ち」を重ねた人が「名人」などの称号を得る。その過程や結果をファンが楽しむ。だからスポンサーは、その組織や大会そのものにお金を出す。

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