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「ツモれ瀬戸熊さん!ついでに裏ドラも乗っちゃえ!」と、僕はマジで祈った(文・友添敏之)

最強戦決勝の南3局2本場、9巡目

「リーチ」
大きくも小さくもなく、高くも低くもない、ただ“覚悟”としか表現できない何かを込めた瀬戸熊さんの声がした。
震えあがるよね。アガられたくない。
しかし、ここで僕はタイトルのセリフを思った。実際に対局直後のインタビューでこう話している。
「ツモるならツモれや!とずーっと思ってました。1sツモられてからは、裏も乗ったらええやん!と思ってました。そしたら乗ったんすよ笑。それならそれで俺はやってやると思ってた。」
ピンフの高目一通をツモって裏も乗せた。
リーチツモピンフ一通ウラ1。
ちょーど6ハン。キレーな跳満だ。
これが決め手となって、静かに流局したオーラス。手牌をゆっくりと伏せて瀬戸熊さんは優勝した。
ツモったのが安目だったら。裏ドラが乗らなかったら。全然違ったオーラスになっていたはずだ。だけど、僕は祈ってた。
「ツモっちゃえ!裏ドラも乗せてみろ!」
強がりじゃない、なぜそんなことを思っていたのか。
これはタイガーウッズのセルフマインドコントロールから学んだことだった。
それは後述しようと思う。

ファイナル1日目

前回のノートで書いた手段について、夢舞台までの準備を万全にして僕は最強戦ファイナル1日目を迎えた。
この時に考えていたのは“平然と実行すること”。“泰然自若の精神で試合に臨むこと”だけだった。

片山先生、石川プロ、菅原プロとの準々決勝。
東家スタートの僕にはチャンス手が入ったけど、追っ掛けリーチの宣言牌で先制の菅原さんに5200点を放銃した。普通はガッカリする。しかし僕は泰然自若だ。ぜーんぜん慌てない。
「菅原さんやるやん。おもろくなってきた。」
と思っていた。
1人離されて迎えた南1局の親番。
2局連続で勝負手が入ったけど流局した。
こんな時に人はどう思うだろう。
「うっわショック!これアガれないなんて超悲しーっ!!ヤバいマズいうわー―――ん。」
と思ったりするだろうか。

しかしここでもまた僕は泰然自若だった。
もう次の局のことを考えていた。
平然と実行することだけを考えていた。
一瞬にしてこのチャンス手のことは忘れていたのだ。
ホントに。

その後に親満ツモって、すったもんだの末に迎えたオーラス。2人勝ち抜けをわずか1000点差で石川プロと争っていた。
こんな大舞台のオーラス。
アガったら最終日に進める、アガられたら京都に帰らなきゃいけない。
こんな時でも、僕は動じていなかった。
幸運にも配牌で中がトイツで入ったがそれが全然出てこない。むしろ、中盤に差し掛かって先にライバルの石川プロがチーをした、その打牌が中だった。もちろん僕はポン。
石川プロはチーテンの白バック。僕はポンでイーシャンテンだったが、幸運にもアガり切ることができた。
ファイナル2日間を通じてこの時だけ。本当にこの発声だけ声が上ずった。少しだけ興奮しているのが自分でわかった。

なぜ宿を取らずに来たか

何にしてもこれで生き残った。最強戦ファイナルのホントの最終日。12月11日も打てることになった。
これは余談やけど、この日の宿を僕は取っていなかった。
今までの僕なら
「勝つことを前提に宿を取ろう。勝つに決まってるのに宿を準備してないなんて変だもんな。勝つから取る。勝つために予約する」
みたいな考え方で、ホテルの準備はしていただろう。
しかし泰然自若で構えていた今回はそうしなかった。
負けたら京都に直帰しようと思っていた。
いや正確に言うと
「負けた時のことは考えていなかったけど、勝った時のことも考えていなかった」
のだ。
勝ったらそのまま翌日まで残って対局するのは知りながらも、負けたら帰らなきゃいけないから宿は必要ないということも自然に受け入れていた。
これまでだったらそうはいかない。
勝つことを前提に組み立てることを義務としていたし、そうすることで自分の勝利に向けてマインドコントロールしていたのかもしれない。
これってどうなんやろね。泰然自若ではないのかもしれないなと思う。

あーだこーだ言ってるけど、とにかく僕はこの心構えを気に入っていた。
こうして、当日に宿を探すことになったんやけど、思ったよりすんごい埋まってて焦った。
その結果、いつもよりちょっと高い値段になっていた九段下アパホテルに、食べる時間なくて持て余していたロケ弁のカツサンドを持ってチェックインしたのでした。

深夜の組み合わせ抽選会でニヤリ

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