うるさいセミの鳴き声は

"セミが鳴く理由、それはオスが自分の位置を知らせるため。つまり求愛行動である。"
目の前に大きく開いた図鑑に目を走らせると、そんな事が書いてあった。


この学校に入学して少ししてから、僕は図書室に入り浸るようになってしまった。
春の心地良い日差し、肌触りの良い風はとっくに懐かしい思い出になり、今は蒸し暑い気温を少しでも流そうと全開にした扉から大音量のセミの鳴き声が遠慮なく入り込んできている。
あんまりうるさかったから、図鑑を手にとってその理由を調べていたのだった。
どうやらこれは求愛行動らしい。

ふぅん、そうか、そうだったんだ。
図鑑を閉じる。机を数個挟んだ向かい側のカウンターには、一つ上の図書委員が居る。
席を立って、カウンターまで歩く。
春に初めて見た先輩は、涼しげな夏服になっていて、相変わらず綺麗な人で。
うるさかったはずのセミの鳴き声は、いつのまにか僕の勇気を奮い立たせる声援になっていた。
よし、今日こそ話しかけるんだ。本の貸し借りの会話じゃない、何でもない話をするんだ。

「あの。」
「あ、こんにちは。今日は虫の図鑑?」
「はい、セミが...うるさかったので。」
「フフフ、私はあんまり気にしないなぁ。あ、ごめんごめん。借りるんだよね?」
差し出された図書カードに、いつもの流れで名前を記入する。
その後も、やっぱりいつもの流れで本を借りて、図書室を後にしてしまった。

手の中にある図鑑は、ずっしりと重たいオモリみたいだった。
少しだけ遠くなったセミの鳴き声は、やっぱりうるさくって。
泣きたいのは僕の方だった。

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