2023年の総括~無職から批評サークル立ち上げまで~

2023年にやったことを健忘録がてらまとめておこうと思う。

実績

・学会発表2件
・アート展示会出展1回
・アート公募受賞1回
・ビジネスコンテスト受賞1回
表に出せなかったり細々としたことでも、色々と文章を書いたり、会議向けに資料を作ったりしていた。

1-3月

2022年冬、研究と人間関係の疲れから学振DC1を返上しアカデミアからトンズラした私は、画像生成AIにのみ心血を注ぐ無職の異常独身男性となっていた。
pixivでの総閲覧数は200万を超え、投稿する作品が毎日ランキング入りするAI絵師としての絶頂に立っていた私は、ある日Twitterのスペースで「手描き作品なのにAI生成物だと5chでケチをつけられた」と騒ぐ2人の女子大生と出会う。

彼女らの作品を手描きだと擁護したことがきっかけとなり、1月ごろ、起業を誘われることになった。
表に出ることが苦手な私は、代表的な立場にならないことと、アプリ開発のような技術的な貢献はあまりできないことを条件とした上で快諾した。
それからはAI絵師をキッパリと辞めて、起業の手伝いに専念した。

それと並行して、生成AIという面白い技術でアート活動をやってみたかったのと、AI絵師には芸術的な素養がないというネット上の風潮が癪だったので、海苔(@hedgebook)氏と相談して、リリースされたばかりのChatGPTと画像生成AIを組み合わせて作品を制作することにした。

『生成された歴史』と題したこの作品は、ChatGPTに戦場カメラマンの人格を与えた上で、「戦場で撮影した写真を紹介してください」などの質問へのChatGPTの回答をPromptとすることで画像を生成し、半自動的に現実を生成することを試みたものだった。

これにより、表現の主体が私たちなのか、生成AIなのか、その境界線を曖昧にすることも目指した。
表現の主体がAIに担われるという、未来の「あたりまえ」を現代に表出させ、その「あたりまえ」の気持ち悪さを鑑賞者に感じさせたかった。

『生成された歴史』はAIアートグランプリで佳作を受賞し、私たちの目論みは部分的には通用したのだと感じた。

3月、共同起業者が結婚をしてどこかに行ってしまった。
「画像生成AIを多くのクリエイターが活用できる世界を」という理念を掲げて準備を進めてきたが、ここで諦めるには時間も労力も資金も、私は投じ過ぎていた。
それだけでなく、既に多くの著名イラストレーター・画像生成AI利用者の協力を得ており、その他の勝算も十分にあった。

悩んだ結果、私が代わりに代表を務め、起業を続行することに決めた。
3月の中旬以降はベンチャーキャピタルなどから資金調達を得るために駆けずり回る日々が続いた。

裏で(私は現地に行っていないが)”Rats often help a conspecific to escape from being soaked: Behavioral characteristics and transcriptomic signature”という題で適応回路国際シンポジウムでの共同発表もあった。
私は動物の援助行動について研究していたので、その頃の残り香だ。

4-6月

内定していた外資系のIT企業に就職した。
研修期間は時間に余裕があることが事前の調査でわかっていたので、起業の作業はそこに充てることにした。
事業説明のスライド作成・ミーティング・要件定義・ヒアリングなどで忙しかった。

各所の協力もあって、電気通信大学の先生に私たちの事業を紹介する機会をいただけることになった。
単身赴き説明を終えたところで、先生から起業のモチベーションを尋ねられた。
お金を稼ぐこと、女性にモテること、動機は沢山あったが、口を突いて出たのは「現代日本文化を永遠に勝たせるため」という言葉だった。
思えば東京オリンピックの頃から、いわゆるオタク文化の扱いについて強い危機感があった。

さらには、生成AIという破壊的技術が普及しつつある現状、活用への道を探らなければ、少なくとも日本国内でのオタク文化の長期的な存続は難しいと考えた。

そういう志とは普通に関係なく、6月には起業資金が尽きた。
公的な手段を以って資金調達をおこなう手段もあったが、現状のように「小さく」サービスを始めるだけでは、あまりにもリスクが大きかった。
そこで、「大きく」サービスを始めるための準備を進めていたのだが、にっちもさっちもいかない状況に追い込まれていった。

サービス開発が不可能になり、各所に謝罪の連絡をした。
不義理にも関わらず、温かい連絡を送ってくれた開発メンバー・イラストレーターを始めとする関係者の方々には感謝の念しかない。
幸い、金銭的な禍根を残すことなく事業をクローズすることができた。
私のお金が無くなっただけだ。

失意のなかではあったが、電気通信大学の生成AI研究チームに誘われ、研究員として雇用される運びとなった。
2度と戻るつもりのなかったアカデミアに、このようなかたちで再び関わることになるとは、人生何が起こるか分からないものだ。

7-9月

チーム内で議論を重ね、画像生成AIの活用や調査についての方針を固めた。
それらの一旦の成果を日本知財学会のシンポジウムで共同発表した。
ここでの発表がきっかけとなり、今もつながる仕事がいくつかいただけることになったので、大変重要な機会だった。

本業の方でも、画像生成AI関連の技術検証や発表会資料の作成をおこなった。
本国のリサーチチームが1週間経って送ってきた資料より、クオリティが高いものを2時間で完成させることができた際には、これまで培ってきたものの実感ができて嬉しかった。

さらに並行して、アカデミア時代から交友があった菊池(@KENSEI_WORK)氏からの誘いもあり、アート展に作品を送ることにした。
MONSTER Exhibitionという、怪獣をテーマにした公募展だった。
私たちは災害や戦争といった眼に見える「正の怪獣」と対比して、人口や人との繋がりなど、眼に見えないがデータの上では確かに失われている、社会への脅威を「負の怪獣」と捉え、製作をおこなった。

この作品『Self domestication of human with sterile android technique』は、「友好的なヒューマノイドの開発によって人の社交性やメンタルヘルスを向上させ、ソフトな人口管理がより容易になった」という架空の近未来の研究成果を、実際の社会性の異なる3種のシロアリの行動データを参照して展示したものだ。

この研究ポスターを模した作品は、アクリル板でポリッドスクリーンを作成することで投影した。
いま、人との繋がりを問う上で、アクリル板というのは象徴的なオブジェクトだと感じたからだ。

この作品は無事書類審査を通過し、渋谷ヒカリエで展示することができた。懇親会などで、アート界やエンタメ界における生成AIへの見方を色々と知ることができたので、それも良かった。
実際に自分の足を運んで情報を得ることは大事だと、改めて認識させられた。

10-12月

ITの仕事はもちろん、研究員としての仕事も公的な会議の資料を作成したり、調査を進めたりと、忙しい日々が続いた。
システム開発でアジャイルのプロジェクト進行と、フロント・バックエンド両方のコーディングのいろはをひたすら叩き込まれたのはいい経験だった。

電気通信大学側からの誘いもあり、ビジネスコンテストにも出場した。
主に私はビジネスアイデアに関連する画像生成AIの技術検証・調査を担当した。
結果として、出場チーム中最多である3つの協賛企業賞を受賞することができたので良かった。
これについては、一緒に出場した電気通信大の学生の尽力が大きかったと思う。

ビジネスコンテストやアート活動が一息ついたので、何か新しいことを始めようと思い、批評サークルを立ち上げた。
これは今年はじめてコミケや文フリに行って「こんなに素晴らしいイベントがあったのか」と衝撃を受けたことが大きい。
そのなかで自分も何かものを出してみたくなった。

批評誌のテーマは悩んだが、自分自身も活動経験があり、まだ知識として検討されていない部分の多いバーチャルYouTuberを採用した。
批評誌の題である『VXY』には、バーチャルとXY(染色体)、またその先にZ(終わり)がないように、との意味が込められている。
校正を進めたり、インタビューの準備をしたり、表紙の原案を考えたりと現在は精力的に準備中である。

2024年の抱負

昨年は全てを失った無職男性やAI絵師の身分から始めた割には、上手くいった1年だったと思う。
表に出せないし泥臭いが、大事な作業をすることも多かったので、2024年はこれらが実って表に出せるような成果をお見せできれば嬉しい。

また、今年は災害など大きなニュースが年始から続き、個人的なことでは、食中毒で高熱と嘔吐に苦しみ、父親が病院に緊急搬送されるなど、散々なスタートではあった。
どちらも大事に至らなかったが、健康の重要さを感じさせられた出来事だった。

2024年はAIイラストのように微笑みを絶やさず、健康に気をつけて生活していければと願う。

勉強用に本を買います。