見出し画像

稲作創話「棚田物語」己類01 100万回の「ありがとう」

経過報告記(予告編)

 このシリーズの予告編「はじめに」から読まれた方は、奇異に思われると思います。
 「100万回の「ありがとう」経過報告記」、そんなもの予定されていなかったじゃないか、どこが「棚田物語」と絡むんだ?、、。
 すみません、その通りです。で、こんなことにも挑戦していて、この話は別の記事にまとめようとしていましたが、01で予告してしまったものだから、この物語の中に取り込むことにしました。(何と安易な!)
 つまり、己類「100万回の「ありがとう」経過報告記」を立ち上げます。こちらもどうぞ、よろしくお願いします。(段々と、収拾がつかなくなってきそうですが・・・。)
 
 小林正観さんにあやかって、または、村上和雄さん、または、工藤房美さん、または、小池 浩さん、その他たくさんのスピリチュアルな方々?(保江邦夫、松久正、はせくらみゆき、矢作直樹、並木良和、江原啓之、森美智子、吉濱ツトム等々 みんなみんな大好きです!!)が言われていることにあやかって、私も、遅ればせながら100万回の「ありがとう」をやってみようと思い、その経過報告をこの場でさせて頂いて、すごいことが起こる現場を一緒にライブ体験して頂いて(すごいことが起こるに決まっていると決めてしまっている!)、本当にたくさんの人が幸せになったらいいなと思っています。

 先ずは、やり方の説明からさせて頂きますが、ポイントは、「音と光」、ですね。
① いつもカウンターを持ち歩く。(当たり前すぎるやろ!)
 しかし、この(って、どの?)百均カウンター(主にプラスチックの外装で色は黒)には、難点がある。もちろん、うるさい。カチ・カチ・カチ・カチと、音がする。それは仕方がない思うが、それだけではない。
 回るのだ、勝手に。3桁目(百の位)が、「7」とか「8」とか「9」とかになると、ポケットに入れてガチャガチャしてしまうと、押しもしないのに4桁目(千の位)の数字が勝手に「0」から「1」に、「1」から「2」に、回ってしまうのだ。こんな不慮の事態に遭遇された経験を持たれた方はいないのだろうか。(それほどのことかよ!)
 リセットするノブがゆるい。特に3桁目が、「7」とか「8」とか「9」とかになるとゆるさが増して、簡単に「0」から「1」へ、「1」から「2」へと、回ってしまうのだ。仕掛け上、仕方ないのかもしれないのだが・・・。
だから、

アマゾンでコクヨ製を購入した。1,273円で、職場まで届けてくれる。本当に、ありがたい。感謝。カチャ!銀色に光るボディーは、当にこれから始まる百回の達成を予祝(よしゅく:詳しくは、また。否、これを読んでくださっている皆さんは、もう馴染みの概念ですね)して、輝きまくっているように感じた。「カチャ」の音も品があって、透き通っていて、清々しい(って、思い込み激し!)。
 ところで、そう、リセットノブはゆるくはないか? 大丈夫。絶対の安心感を持って、私の意志に反して回ることはない作りだ。しっかりしている。それでいて、品があって、安心感がみなぎっていて、清々しい(またかよ!)。さうが、天下のコクヨだと思わせられた(主体的な激しい思い込みではない訳ね)。
先ずこれで、スタート。
するも、やはり、これだけでは百万回は遠い。
なぜか?「カチ・カチ・カチ・カチと、音がする。それは仕方がない」ことではないのだ。周りに人がいて、やや静かなところでのこの「カチ・カチ・カチ・カチ」は、うるさい。嫌われる。迷惑だ。周りに誰も居なくて、一人でいても、例えばチャペルで祈っているときに、この「カチ・カチ・カチ・カチ」は、いけない。「ありがとう」を唱えながらの祈りに、この「カチ・カチ・カチ・カチ」は、似合わない。

そこで、
② いつも持ち歩いているスマホにカウンターアプリをダウンロードして持ち歩く。(これも、「あったり前田のクラッカー」って、いつの時代のお方だよ!)
 これは、音がしないように設定できるし、光、そう、明るすぎないようにバックが黒の表示も選べる。人知れず、暗がりの中で、感謝を唱えることができるのだ(って、どんな状況を想定しているのか?)。
 
 で、この二つの小道具で、完璧。
 どんな時にも、どんな場所でも、だれがいても、「ありがとう」の感謝を唱え続けることが可能となるのだ。
 が、そこまでして、何の思い入れもなく、単に声に出して、否、声にはせずに口の中だけで唱えることで、本当にその「ありがとう」は、届くところに届いているのだろうか?
 というか、どこに届けたいの?
 「ありがとう」が心からの思いじゃなくて、分節された言葉でしかない現状で、どこに届けばいいのか。言葉である以上、その宛先があるはずだ。そう、それが内語であったとしても。アファメーションとして。
 そしてそれはおそらく、自分の意識の深層、潜在意識、無意識層、魂、スピリット。または、まだ思い出せていない神性、守護神。「真我」と呼んだり、第3の目、第6チャクラ、松果体?
 そう、私の中に在って、私が日常的には気付かないでいて、私を操っている私の本体。それなんじゃないかと思う。そこに、感謝を、「これでいいのだ!」とバカボンのパパのように、届けること。これでいいのだ! 感謝なのだ! 
 これだけなのだ。これだけでいいのだ、と思う。
 日常のすべての心言行をこの感謝の言霊(ことたま)に浸ける。
 日常の諸々が泡粒で、その泡と泡との隙間、隙間を、「ありがとう」で埋め尽くす。
 
 で、1月12日にある方から勧められて始めて、36日目に、10万回達成!しました。これは毎日、日記とエクセルに入れ込んで、日常的に何が起こったのかとリンクさせて、「やっぱ、感謝しかないよなぁ」と感じ入っているのであります。
 で、それ等の詳細を次回は(いつのことやら!)、お届けします。これからが、本当の「100万回の「ありがとう」経過報告記」となるのであります。
 どうぞ、お楽しみに。
 今回も読んでくれて、ありがとうございました。「カチャ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?