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いい曲を作るだけじゃ売れない?悩めるDTMerのための「マーケット感覚」入門

自分ではなかなか良い出来だと思っても、いざ公開・リリースしてみると思うような反響が得られないどころか、ほとんど聴かれてもいない。品質は問題ないはずなのに、一体何が悪いのだろうか… そんな経験をお持ちではないだろうか?

そして、売上のテコ入れをしようとビジネスやマーケティングのフレームワークを学んでも、今ひとつ落とし込めない。なぜか?それもそのはず、そもそものマーケット(市場)の仕組みを理解しておらず、肌感覚もないからだ。そこで商いごとが苦手な人におすすめなのが、ちきりん様の本『マーケット感覚を身につけよう』である。

ここでは内容の紹介とともに、最後の「まとめ」ではミュージシャン用に実際のTODOにまで落とし込んでみた。参考になれば幸いだ。



マーケット感覚とは?

「論理思考」vs.「マーケット感覚」

物事を垂直的に考えて理解を深ていく論理思考は有効な思考方法だが、ビジネスを始めとする現実世界ではそれだけで解決できることは少ない。そこで必要なのが、「マーケット感覚」というアプローチである。

「マーケット感覚」的思考は論理のような垂直展開ではなく、いわば水平的に物事を捉えるアプローチであり、だからこそ垂直的な論理思考では見えなかった部分が見えてくるのだ。

つまり、「マーケット感覚」と「論理思考」という問題解決の両輪、異なる問題解決能力を組み合わせることで、複雑な現実の問題にも取り組むことができる。

「価値」を捉える

物と物の価値とは、似て非なるものだ。例えば日本人の食卓に欠かせないお米。主食として広く食べられており、コシヒカリをはじめ様々な銘柄が存在するため、市場を「お米市場」と捉えるとササニシキなどライバル銘柄が競合となる。

しかし、お米の価値を「食卓に不可欠な主食」と捉えるとどうだろう?お米の代わりにパンや麺類を食べる、ということはないだろうか?

このように市場で売られているもの(取引されているもの)は、「モノ」ではなくなんらかの「価値」なのである。そして市場で取引されている「価値」は何か、それを見極める力が「マーケット感覚」だといえるだろう。

「相対取引」と「市場取引」

私たちは日常的に様々なモノやコトを取引して生活しているわけだが、その取引は「相対取引」と「市場取引」の2つにわけることができる。

「相対取引」とは、自分で取引相手を探し、個別に条件交渉をして取引する方法のことを指す。例えば「コネ採用」や「お見合い」がこの部類に入る。

対して「市場取引」とは、インターネットを使った「就活」やマッチングアプリなどが代表的だといえるだろう。この場合、需要者と供給者が市場という現場において何らかの価値を取引しているということになる。

クラウドソーシングなど開かれた市場においては、供給者のスキルと提示金額が公開されているため、供給者になろうとする者は誰かに教えてもらわなくとも市場に直接学ぶことができよう。

ただし、就活や婚活など、現代の開かれた市場社会においては「就職したいのにできない」「結婚したいのにできない」人も増えている。この原因は主に、取引が市場化したにも関わらず、市場の仕組みの理解と適応(マーケット感覚を持つこと)ができていないからだ。

では、市場化した社会では何が売れるのだろうか?それは一昔前のような単純に「よい商品(よい曲)」ではなく「需要に比べて供給が少ない商品(聴きたい人は多いけど皆ができない・真似できない曲)」であると著者は説く。

世界の見え方を変えるマーケット感覚

では現在はどのような能力が必要とされるのだろう?時代によって必要とされる能力は異なるが、それはマーケット感覚も含めた、メタな能力(具体的なスキルより上位に位置する、より抽象的で汎用的な能力)ではないだろうか。いいかえれば、「〇〇(スキル)ができる」などではなく、現状を察知する能力なようなものである。

そうでないと、情報の広まる速度の速い現在で「〇〇(スキル)ができる」はすぐにコモディティ化(供給の多い、単価の安い仕事になる)してしまい、価値が薄れてしまうからだ。

例として、著者はインドネシアの昨今の経済成長をとりあげ、同国の人口が日本の倍の2億5千万人であり、天然資源も豊富で、日本とのつながりも深いことから、同国からの訪日が増える可能性が高いため、インドネシア語の習得やイスラム教の理解がビジネスチャンスになりえるかもしれないと説く。

このように、日本では英語の必要性が30年以上問われているが、ビジネスの現場では特に英語以外の言語の需要が増える可能性が高い。そう考えることができれば、「とりあえず英語」という脳死状態からも脱却できるようになるだろう。

あからさまなビジネスだけではない

マーケットは市場なので、わかりやすいビジネスのみを連想しがちだが、それは至るところに存在する。例えば「消費市場」に対する「貯蓄市場」だ。「お金を使う市場」と「お金を貯める市場」が、そもそも客を取り合っているのである。老後2千万問題や、子供一人の養育に◯千万など、マネー誌が煽るこれらの謳い文句はまさに金融業界が仕掛ける「貯蓄・投資市場の広報」にほかならない。

また、寄付やクラウドファンディングなどの一見他人善意を当てにするような活動にも市場のメカニズムは働いており、本当に困っているものの寄付や援助を集める力のない人にはお金が集まらない残酷な現実もある。

クラウドソーシングなど個人でも仕事ができるマーケットプレイスも生まれており、今後あらゆる物事が「市場型取引」に移行し、皆が市場化という現象に巻き込まれることになるだろう。

価値の重要性

「マーケティング」との違い

では、「マーケット感覚」は「マーケティング」とはどう違うのか?著者は次のように定義している。

社会や人が動く根源的な仕組みを理解する能力がマーケット感覚
・その仕組みを活かして、何らかの目的を達成するための手法がマーケティング

『マーケット感覚を身につけよう』P.104

つまり、まず市場の仕組みの理解(マーケット感覚)があり、それに基づいて目的達成を図るノウハウ(マーケティング)がある、という順番なのだ。そのため、マーケティングをいくら勉強しても市場で売れるものが作れるようにはならないというところに落とし穴が潜んでいる。

価値を見極めて市場化しよう

そして、市場を理解するマーケット感覚のコアスキルが「価値を見極める力」なのだ。価値を見極めるには、特別な能力やスキルなどは必要ない。何が市場で求められているかという「価値の素」を探し、それに気づけるかどうかということなのだ。発見と気づき、これこそが価値を見極める力である。例えば、もともと市場に展開されていなかったものを市場化して成功した例としては次のようなものがある。

・高校野球:勝負の理不尽さや、ひたむきに頑張る若者の汗と涙の物語
(AKB48は高校野球のアイデアをアイドル市場に転用して成功した)
・B1グランプリ:青森県八戸市の町おこしが全国区に発展
・ユネスコ「世界遺産認定」:旅行市場の活性化を副次的に促進

これらはもともと存在していたモノの中に、新たな価値が見いだされ、巨大な市場に成長していったものが多い。だが、市場を成長させたのは最初にモノや制度を作った創設者ではなく、途中でその潜在的な価値に気づいた人だということ。

著者はこの「潜在的な価値に気づく能力」こそがマーケット感覚(の基本)であると説く。高校野球の全国大会や村おこしのイベントを眼にしたマーケット感覚にあふれた誰かがその価値に気づき、市場化をしかけて、大きな存在に成長させたのである。

既存市場の中のパイの取り合いはゼロサム・ゲームだが、新たな価値を見出すことができれば、新たな市場が生まれ、大きな経済価値が生まれるのだ。

マーケット感覚の鍛え方

①プライシング能力を身につける

自分独自の価値判断ができないと、現時点で値札がついていないモノの価値はゼロに見えてしまう。逆に考えると、価値あるものを自分で評価・判断できると身近に転がっている「価値の素」に気づくことができる。

では、そのような自分独自の価値基準を育むにはどうすればよいかというと、身の回りの商品やサービスについて「自分にとっての価値はいくらなのか?」と考える癖をつけることだ。常に意識的になることによってセンサーが研ぎ澄まされ、それにつれて「自分独自の価値基準」も明確になっていく。

そうにしてプライシング能力が高まると、値札がないものでも価値が判定できるようになるというわけだ。

②インセンティブシステムを理解する

プライシング能力の次に大事なのが、人が行動する要因や実際に行動するまでの仕組みである「インセンティブシステム」を理解することだ。インセンティブとは、言わば馬の前に吊り下げた人参である。

これを理解することで、市場の需要者や供給者が何に基づき、次にどんな行動を取るのか(つまりは他人の欲望)を推測・予測することができる。

そのためには、他人が行動を起こす状況を想定し、それについて「なぜその行動を起こしたのか?」を推測してみよう。あるいは、自分の欲望に向き合うことでも洞察を深めることは可能だ。そうして自分の欲望に正直になることで、欲望センサー自体の感度が高まり、他人の欲望や、人間全体のインセンティブシステムへの理解が深まり、市場で人がどう動くかもわかるようになる(マーケット感覚が鍛えられる)。

また、なにか問題があるときに、それを規制で取り締まるのではなく、インセンティブシステムで解決しようとするのも有効だ。そうすることでインセンティブシステムを活用した問題解決能力を鍛えることができる。

③市場に評価される方法を学ぶ

「組織」と「市場」の意思決定スタイルの違いを理解し、組織に評価されるのではなく、市場に評価される方法を学ぶこと。

そのためには、組織型の「決めてから→やる」方式ではなく、「やってみて→決める」方式に切り替える必要がある。なぜならば、市場化した社会では「作り込み能力」より「すばやい行動力と迅速な意思決定」が評価されるからだ。日本人や日本企業は「作り込み能力」が得意な場合が多いので、意識的に市場型の「やってみて→決める」方式に切り替える必要があるだろう。

ゆえに、「誰も聴いてくれないかもしれないけど、とりあえず曲を作ってネット上に公開してみる人」がミュージシャンとして成功しやすいということだ。たとえ支持者が少なかったとしても、少数から熱烈な支持を集めることもあるので、可能性が低くても「やってみる」方式のほうが圧倒的に有利な時代なのだ。

このような評価や意思決定プロセスにおける組織型→市場型への移行という変化を理解し、できるだけ早く市場型のアプローチに慣れていくことが今後は重要になる。

④失敗と成功の関係を理解する

なにかを学ぶ際は2つのステップを経る必要がある。1つは組織から学ぶこと、もう1つは市場から学ぶことだ。学校や会社で学ぶ方法と、「やってみて、失敗し(もしくは拒否され)、その失敗や経験から学ぶ」という形だ。
何を学ぶにせよ、成果を出すには「正しい方法を習い、反復練習で覚える」のと、「学んだことを実践し、現実的な環境下で成果が出せるように経験を積む」という2つのステップが必要なのである。

ところが中には、最初のステップである「学校での学び」を永遠と続け、いつまでも「市場の学び」という次なるステップに移行しない人がいる。つまり、これが成長しない原因なのだ。

そのため、「自分はもっと学ぶ必要がある」と気づいたら、学校という最初のステップに戻るのではなく、市場で学ぶという2番目のステップに進もう。他の人に比べて成長が遅いのではないかと思う人の多くは、勉強が足りないのではなく、市場での実戦経験(失敗から学ぶ経験)が足りてないからだ。「市場でモノを売る」のは、「売ってみて、売れるかどうかを見て終わり」ではなく、「これでは売れませんよ」という市場からのフィードバックを得、商品や売り方を改善するために「売ってみる」のだ。つまり、成功するのではなく、成功に不可欠なヒントを得るために市場と向き合うのである。

つまり、市場化が進んだ今の社会では、自分の曲を(組織を通さず)市場に開示し、市場からのフィードバックを得ながら(=失敗しながら)、曲の内容や、制作方法を改善していく。
この方法では、アーティストには2つの能力が求められる。1つは「作詞・作曲、アレンジ力」、もう1つは「マーケット感覚」だ。現代は誰でも個人で発信できるが、マーケット感覚がないと情報を発信しても多くの人には届かない。
このとき大事なのが、失敗してもいいので、作品をどんどん市場に出すこと。コンペやオーディションに出すならある程度の質に仕上げるのが一般的だが、市場に出すなら未完成の段階で市場に出し、フィードバックを得て改善していくほうが早い。YouTubeやニコニコ動画で歌やダンスを披露している人たちは、このようなことを実践して短期間で大きく進化しているのだ。

⑤市場性の高い環境に身を置く

最後は環境要因。それぞれの環境には固有の「市場性レベル」があることを理解し、意識的に市場性の高い環境を選ぶというもの。
市場性の高い場所とは、組織的な意思決定ではなく、市場的な意思決定方法が採用されている環境のこと。

例えばキッチンよりホールのバイト、管理職より営業職、FacebookよりTwitterやブログのほうが市場性が高い。よって、マーケット感覚を鍛えるなら、より市場性の高い環境を意識的に選んで身を置くようにするのだ。このほうな市場性の高さは、国のような大きなレベルにもいえる。例えば、国の行政を考えると、日本に比べシンガポールの方が法人税制など国際的な人材確保に圧倒的に優れた施策を打ち出しており、市場性の高い国だと言える。

やりたいことが音楽なら、リリースより先にSNSで話題になるべきだし(レーベルや事務所にしたがうのではなく)、CDを売るよりもストリーミングの方が市場性が高いので、SNSなどのネットで話題になる→ストリーミングでリリースする、というのが高い市場性に身を置く戦略となる。「いや、自分はアナログレコード」という人も、現代ではまずここが達成できてからにしたほうが良いということ。

考察:マーケット志向のデメリット

ここまで見るとマーケット感覚を鍛えるのはいい事ずくめに聴こえる。実際、社会的に見れば現在のシステムとマッチしているので、ビジネス的な嗅覚は鋭敏になるであろう。ただ、「そうまでしていつも競争しなければいけないのかい?」という思いの方も少なくないのではないだろうか。「俺たちはただ音楽がやりたい、いい音楽を作りたいだけなんだよ」と。マーケット感覚を鍛えて市場型社会に対応するデメリット、というより副作用は、この点にある。常に相手の顔色を見ながら作品作りをしなければならないという点だ。

しかし、社会の大部分が組織型から市場型へと移行してしまったいま(フィジカル→ストリーミングの変化のように)、私たちはますます「自分が作りたいものだけを作る」ことが難しくなってしまい、否が応でもこの状況に対応しなければならなくなってしまった。

元々発信が得意な人はよいだろう。ではそれが苦手な人はどうすればよい?最後のまとめでそのあたりに触れつつこの記事を締めくくろうと思う。

まとめ

いかがだっただろうか?

最後にDTMer、ないしはアーティストの場合にたどるべき手順をまとめてみよう。

①「マーケット感覚」とは何かを理解する
②「価値に気づく能力」を鍛える
③「マーケット感覚」の5つの力を鍛える
- 値札がついてないものに価値を見出せ(プライシング能力)
- 他人の欲望の本質を理解しろ(インセンティブシステム)
- 「決めてから→やる」ではなく「やってみて→決めろ」(市場型)
- 「学校」ではなく、「市場」に学べ(失敗と成功の本質)
- 市場性の高い環境で活動しろ(環境的要因)

こうしてみると、「マーケット感覚」とは「マーケティング」を成功させる土台となるスキルであり、個別の経験を昇華させ普遍化させるようなある種のメタスキルであることがわかる。「論理的思考」では到達できないような、市場の仕組みを理解して市場に対応した戦略を打ち立て成功するための、いわば市場特化型ビジネススキルというわけだ。

TO DO

マーケット感覚と価値の重要性を理解した後、「マーケット感覚」の5つの力で取り組む内容を、具体例としてリストアップしてみた。

1. 自分の持っているスキルや特性の中で、値札の貼られていないものを探し、そこに値札をつけてみる。
2. リスナーが音楽を聴いて何を手に入れたいのかを理解する。
3. とりあえず曲を作ってSNSでどんどん公開する。作業が遅い場合は、コア作業以外を委託することも検討する。
4. 視聴回数やリスナーからのフィードバックで学びを得て、改善に役立てたり、または今後作るべき曲を練り直す。
5. 完璧を目指さず、SNSでの活動を推進する。

結論、「とりあえず四の五の言わずSNSやネットで作品公開しろ」である。身も蓋もない結論ではあるが、皆さんの活動の何かしらの参考になれば幸いだ。

では、よいDTMライフを!


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