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6、やっさんのナムル

6、やっさんのナムル

キングコングで働いている従業員は全員不器用だけど一生懸命だ。一生懸命だけど不器用なので、問題は起きる。だが、キングコングでは問題が起きないことを目指してはいない。いつも起こる問題をその都度その都度話し合い、みんなで解決しながら7年が経過している。この不器用だけど一生懸命な姿勢をキングコングではBI精神と呼んでいる。

今回紹介するやっさんはBI精神に溢れた、とても魅力的な従業員である。

それでは、やっさんと働いてきた日々にご案内しよう。

やっさんは、身長が高くやややせ型の中年男性だ。最年長であるが、みんなからやっさんのニックネームで呼ばれ、とても好かれ頼られている。聴覚障害があるので、やっさんの声はでかい。とてもでかい。こそこそ話も大きな声でするので周りがヒヤっとするが、そんなのはおかまいなしに、やっさんはマイペースだ。機嫌がよいと、強引な絡み方をしてきて、一人で大笑いして、またどこかに行ってしまう嵐のような人だ。

仕事では常に向上心を持ち、何事にも果敢に挑戦している。例え失敗したとしても、その悔しさをバネに人一倍努力するのである。やっさんは入社6年になるが、未だに成長が止まらないすごい人である。

やっさんは若い頃、電気工事関係の仕事を20年程続けていたが、職場でのイジメがきっかけで退職になったという。その後、知的障害と聴覚障害がある為になかなか再就職できず、就労支援事業所で働くための訓練を受けた。就職先として、若い頃にアルバイトをして良い思い出が残っている飲食店を希望し、キングコングに1週間の体験に来た。体験の間、水を得た魚のように楽しそうに元気に仕事をしていたのが印象に残った。とにかく一生懸命なやっさんはキングコングへの入職を希望したので、喜んで仲間になってもらった。

長年希望していた飲食業に就けて、やっさんは張り切って仕事に励んだ。業務開始30分前には厨房に立ち、まな板洗い等を済ませて業務開始時間を待った。

休憩時間にゆんたく(沖縄の方言でおしゃべり)をしていると、キングコングでの仕事がとても充実している反面、ここでの仕事を長く続けられるだろうか、不安も大きいと語った。前の職場で受けたイジメについて、声を震わせながら話し、ここでもそうなってしまうのではないかと心配していた。この話題に触れる度に私は、やっさんは今まで相当つらい思いをしてきたのだな、ここでは長く働いて欲しいな、と思った。「この人と長く働きたい」そう強く思わせる不思議な力があった。

こうして始まったやっさんの仕事。最初は、いろんな事に果敢に挑戦し、素晴らしい従業員であった。しかし、そう良い事ばかりでないのがキングコングである。

やっさんが仕事を始めてからしばらくして、ランチタイムにお客様に提供しているデザートの量に違和感を感じる従業員が何人か出てきた。店長も、閉店時の在庫数と、開店時の在庫数を毎日チェックするようになった。そして、やはり、閉店後の数と開店前の個数が合っていない事が明らかになった。これはつまり、閉店後から開店前までの間に誰かが食べているか取っているという事だ。

誰か、はすぐに発覚した。ある日店長がオープン準備をしていると、なんと目の前でやっさんがケーキをカットしながら朝食のようにパクパクと食べていたのだ。これには店長も唖然とした。そしてすぐさま別室で面談をし、なぜ食べていたのかと聞いたら「美味しそうだったから」ときっぱり答えたと言う。

思わず笑ってしまいそうになったけど、頑張って注意したと店長は言っていた。そして私も、やっさんとこの件について話をした。

今回の件はやはりまずいと思う。商品はお客様に食べてもらうために作っているから。でも、お客様を喜ばせるには自分でも美味しそうと思えるような商品を作らないといけない。そういう意味では今回やっさんがついつい食べてしまったケーキはお客様の満足度も高いに違いないね。やっさんも、他人がついつい食べたくなってしまうような商品を作る仕事をしよう。

怒るのではなく、お客様目線に立って話をしてみた。

だが、その後やはりやっさんは意気消沈してしまった。

やっさんに元気を取り戻して欲しいと店長はポケットマネーで、やっさんにマイ包丁をプレゼントした。職人気質のやっさんはこれでスイッチが入った。自分の包丁を得たやっさんは技術を高めようと努力をし、他の道具や店舗の設備も丁寧に扱うようになった。

エンジンフル回転のやっさんは、出勤時間も開始前の30分前だったのが、45分前になり、1時間前になり、やがては店舗の鍵を開ける従業員の出勤が遅いと言い出した。(さすがに注意した。)

やっさんは安定したパフォーマンスを発揮し、夜のシフトもこなすようになり、会社への貢献度はとても高い状態にまで成長し、周りから頼りにされる存在となった。

そんな元気印のようなやっさんだが、仕事を始めて5年目にして、1ヶ月程休職した事がある。そのきっかけはとてもささいな出来事だ。

他の従業員の出勤時や退勤時にやっさんが挨拶しないので店長が注意をしたのだ。親しき中にも礼儀ありですよと冷静に注意したのだが、それが昔の職場で受けていたイジメを彷彿とさせてしまったようで、ふさぎ込んでしまったのだ。

そして、やっさんは仕事を休んだ。電話は止まっていて通話できないので、心配になり自宅を訪問した。1日目会えず。2日目も会えず。どこに行っているか分からないのでとても心配になったが、近所のパチンコ屋にいるのを発見した。湧いて来たのは怒りではなく、「安心した」という思いだった。
その場では話さず、翌日に自宅を訪問した。自宅での会話には応じてくれたが、不眠が続き、気分が落ち込んで動けないと訴えた。

日に日に痩せて、肌がカサカサになっていくので、食事の差し入れや、家族へ連絡を取ったりもした。退職か入院か、最悪の選択も私の頭に浮かんでいた。3週間経っていた。あんなに仕事に打ち込んでいたやっさんがこんな事でふさぎ込んでしまうなんてととても不思議に思った。私が「こんなこと」と思っている事がやっさんにとってはどれほどの影響があったのだろうか、以前から何か心にひっかかっていた事があったのか等色々と考えてみたが、思い当たる事はない。少しでも分かりたいし、もっと一緒に仕事を続けたいと思い訪問を続けた。在宅時は出て来て世間話には応じるが、復職に関しては拒否し続けた。

状況が膠着していた時、今回のきっかけとなった店長が、自らも訪問したいと希望した。店長は、以前やっさんが主力となって作っていたナムルを差し入れに持って、私と共に自宅を訪問した。

玄関先に立った店長を見たやっさんは少しバツが悪そうな顔になって、具合の悪さをアピールした。店長は言葉少なく体調を心配している事、また一緒に働きたいと思っている事を伝えた。しかしやっさんは「今は仕事に戻れるとは思えない」と言う。最後に店長はナムルの差し入れをやっさんに渡した。「いつもやっさんが作っていたナムルは、今僕が作っています。味見してください」

やっさんは素手でナムルをつまみ、無言で二口食べて、以前のような大きな声で言った。

まずい、誰が作っているの、水っぽい。

その後も何キロで作っているのか、ゴマ油の分量は合っているのかと店長に問いただした。店長が「レシピ通りやっているけど」と答えると、「じゃあ、明日教えにいくよ」と言った。

そして本当に翌日店舗に現れた。ヒゲは剃っていたが、細くなり、ロッカーに突っ込んでいたシワシワの前掛けをつけて照れ臭そうに厨房に立った。

そして大量のナムルを完璧に作ってみせた。その後も洗い場に立とうとしたが、さすがにそれは静止してその日は帰宅させた。

1ヶ月ぶりに食べた、やっさんのナムルは涙が出るほど美味しく、嬉しい味がした。

あまりにあっけない再登場に私は面食らってしまった程だ。一体私の日々の訪問は何だったのか・・・

やっさんの復帰は、1日2時間のリハビリ出勤から開始し、徐々に増やしていった。厨房が明るさを取り戻した。遅れを取り戻そうとやっさんは激しく働こうとしたが、気持ちに身体がついていかず、器具を落としてしまったり、分量を間違えたりしていた。だが、1ヶ月もすると以前のやっさんよりパワーアップしたやっさんになっていた。

ナムル作りは俺がやる! 

今でもやっさんの背中からはこの呟きが聞こえる。

#キングコング #KINGKONG #障害者雇用 #BI #復職 #焼肉

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