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5、寿司職人になった郷君のはなし

5.寿司職人になった郷君

キングコングで働いているBIメンバーは皆、とても個性的で人間としてとても魅力的だ。私は、ちゃんと人間な彼らが大好きである。毎日いろんな出来事が起こるが、そこがまた面白みであり、関わるみんながアドベンチャーだ。

今回は、郷君をみなさんに紹介したい。自閉症で、こだわりが強く、コミュニケーションの障害があり、触覚の過敏さを持つ郷君。彼が一人前の調理人になるまでのプロセスにおいて、従業員全員が知恵を出し、多くの試行錯誤を行った。

それでは郷君と過ごした日々へとご案内しましょう。

郷君は特別支援学校を卒業し、障害者の就労支援事業所に通っていた。その事業所から、掃除が得意なので、飲食店のオープン前清掃で雇用できないかと紹介されたのが最初だ。

とりあえず本人に会ってみたいと思い、面接を行った。母親と事業所のスタッフに付き添われ、スーツに身を包んだ郷君と初対面した。いい体格だが目をキョロキョロさせていて、私にまで極度に緊張している様子が伝わってきた。

母親に促され「郷です、よろしくお願いします!」と自己紹介をするのだが、大きな声と語尾をさらに強く発音する独特の挨拶に何だか分からないが私はニヤケてしまった。場の空気がホッとした空気感に変わった感じがした。
その後は通常の面接のように質問をしたが、練習してきたであろう返事以外は、見当違いの回答をするか、困った顔をして母親を見る。そして必ず「仕事頑張ります!」と付け加えるのである。

キングコングでは障害のある従業員をBIメンバーと呼ぶ。B(不器用だけど)I(一生懸命)の略で、そういう人と一緒に仕事がしたいという意味を込めていた。郷君はまさに不器用だけど一生懸命に仕事をしたいと希望している。大きな不安を抱えたままであったが、福祉事業である就労継続支援A型事業の従業員として雇用することとなった。

まずは本人の自宅近くの、キングコング姉妹店の居酒屋で実習を行うことになった。その店舗では障害者が働くのは初めてで、スタッフ全員が動揺した。

郷君は独り言も多く、スタッフは皆不気味がってあまり接点を持とうとしなかった。清掃は丸暗記したラジオ番組を女性DJの声もCMも1人でこなしながら行う。周りは更に不気味がった。

郷君の教育担当になったスタッフは郷君に包丁を持たすこともできず、困っていた。とりあえず郷君に担ってもらった作業は、食品を1人前ずつに小分けをするポーション取りだった。すごいと言えばすごいのだが、几帳面な性格の郷君は1グラムの誤差も妥協しない。時間がかかってしまい、とても仕事と言える状況ではない。

枝豆を200g~220gで小分けにするのに、郷君はデジタルはかりでピッタリ200gに合わせたがった。隣で誰かが「OK」と言うまで、限りなくピッタリに合わせようと枝豆1つを入れたり出したりするのである。

これはデジタル計がいけないのだと思い、アナログ計を導入した。そして200gと220gの所にシールを貼って強調し、この間に針がきたらOKということにした。少しは曖昧さに耐えられるようになったが、それでも200g~210gほどの誤差内に収めようとやはり時間をかけて一生懸命に枝豆を選んでは入れを繰り返す。

もう数字でやる作業から脱却しようと思いつき、アナログ計を分解して数字のシートをはがし、200g~220gの範囲以外を色画用紙で隠し、針がそこに出て来たらOKということにした。これでどうだ!!と私は自信満々だったが、今の状態が200g~220gより多いのか少ないのかが分からず、まだ200gに達していないのに引いたりして、この作戦はあっけなく失敗に終わった。

 この時点では、店舗スタッフも郷君にどんな仕事をさせていいか分からずに非常に苦しんでいた。私も一緒に考えた。強いこだわりがあるので、曖昧さがない作業がよい。決まった重さでもぴったり合わせないと気がすまないので、そういった作業は結局時間がかかり過ぎてしまう。

郷君が、自分が何をしたいのか、今後どうなりたいのか、希望を話してくれればいいのだが、郷君の会話は独特で、言われたことをそのまま返すオウム返しが多かった。なので、作業をどう選択するかが非常に難しかったのだ。

ポーション取りの次にチャレンジしたのはピザ生地作りだ。材料の計量はスムーズにいったのだが、ここで問題になったのは手触りだった。生地をこねる最初はねちゃねちゃしているのだが、この感覚が嫌いだったようで、すぐに強い拒否をするようになった。洗い場に関してもヌルヌルした感覚がダメなうえに、手が荒れやすくてできなかった。我々は本格的に困ってしまった。

ここでもう半年程が経過していた。徐々に従業員も万策尽きた感が出て、多少遅くてもポーション取りをしてもらったりしていて、戦力化については諦めつつあった。

そんなある日、郷君は料理長が寿司を握っているのを近くで見始めた。その時は自分の持ち場に戻るように注意されたのだが、また料理長が寿司を握る日には板場に行って見ている。

これは言語化できない彼の希望が含まれているのではないかと思い、郷君に「寿司を握りたいですか」と問うと、彼は「握りたいです」と答えた。それは希望だったのかオウム返しだったのか分からない。でも初めて彼の明確な希望を共有できた感じがして嬉しかった。

料理長に郷君にもできることを、とお願いして、シャリ玉を作ることになった。

手を洗って、いざシャリを握る。「あ゛―」と言って手を振りながら事務所に籠ってしまった。これまた手に付く感覚が嫌だったようだ。みんな一瞬期待したが、やはりうまくいかなくて落胆した。

しかしである、郷君はまた「握ります!」と言って板場に立ったのである。どうにか寿司を握れるようにしたいとスタッフでミーティングを重ね、シャリの種類を変える事や、手につける酢を変える事、最終的には触覚の過敏さを鈍麻させようと氷水に手を浸すという事まで、いろいろと試した。全て失敗に終わったが、すこしずつ正解に近づき、ついに我々は簡易手袋を使用するとシャリが触れることが判明した。

シャリを触れるようになった郷君はその触覚の過敏さを使い1グラムの誤差もないシャリ玉をすぐに作るようになった。

驚く才能を見つけた我々は、3ヶ月後に控えたケータリングでお客様の前で握りの実演ができるまでにしようと目標を立てた。郷君はその器用さでみるみる握りを覚え、実際に3カ月後には500人の大型ケータリングに対応できるようになっていた。


そこからはスタッフの一員として周囲との関係性が好転していったことは想像に容易いだろう。郷君は職場で笑顔でいる時間が増えた。ひとりで笑顔で仕事をしてる時も多くなった。たまに不気味であるが。

仕事が好きな郷君は、 台風で店が休みになる日も「仕事行く」と言って聞かず、母親は店が閉まっているのを実際見せに来たという。まさにBI(不器用だけど一生懸命)だ。

かくして郷君は、自閉症の特性である触覚の過敏さを逆に利用し、繊細な握りを作ることが可能となった。以前から働いている、障害者雇用に反対していた職人もこれにはびっくりしたようだ。そして、教えたら教えただけ正確にその仕事をする郷君に、率先して寿司の握り方を教えるようになった。今まで自分の技を他人に教えようとしなかった職人が郷君には率先して教えている。その風景はなんだか不思議であった。

会話こそぎこちないが、確実に店舗内の人間関係と雰囲気が変わりつつあった。障害者雇用をすでに実践している企業の話を聞くと、必ずと言っていいほどこのように職場の人間関係が良くなったという話を聞く。キングコングも以前に雇用した障害者に救われたことがある。当時ギスギスしていた社風を自然な流れで改善してくれたのだ。彼らには明らかにそのような、人が人であることを思い出させてくれる力がある。

さて、とは言うものの我々はそれだけの理由では人を雇うのは難しい業種だ。郷君に寿司の握りを教え、できることはひとつ増えたが、それだけではやはり企業戦力とは言えない。

そこで我々はどうにか郷君が自分の人件費の3倍の売り上げを作れる商品開発をすることを目標にした。「彼をできるようにしよう」ではなく、「彼ができる商品を作ろう」に考え方をスイッチしたのだ。店舗従業員もこんな取り組みは初めてなので、面倒くさそうにしている人もいたが、寿司でみせたポテンシャルの高さがあるので概ねみんなが楽しみながらプロジェクトは進行した。

プロジェクトに任命されたメンバーはまず、郷君の観察を始めるようになった。そして次によく話しかけるようになった。それぞれが郷君の力を発揮できる領域を探していたのだ。

コミュニケーションが増えるにつれ郷君のことが少しずつわかってきた。会話は苦手だが、本当は皆と交流したい意思があること、しかもかわいい女性と。彼は休憩時間に丁寧に折った折り紙を気に入ったスタッフに渡すようになった。その行為自体も面白いが、彼の手先の器用さは目を見張るものがあった。

プロジェクトメンバーはそこに目をつけ、どうにかこの折り紙に近い要素を取り入れたメニューはないか検討し始めた。生春巻きや春巻き、シュウマイ等と色々な案が出たが、郷君本人のイメージのつきやすさを重視し、手作り餃子を提案することになった。郷君に伝えると、独特の語尾を強く発音する口調で「餃子やります!」と答えた。


プロジェクトメンバーは郷君が集中できる環境を作ろうとさらに一生懸命になった。

①テレビが見える場所では集中がとぎれてしまうために、キッチンの奥に彼の専用スペースを確保した。(ちびまる子ちゃんは見ないと気が済まない)
②毎回指示を仰がないでもいいように、レシピはもちろん、その日のスケジュールをホワイトボードに書いて自分で確認できるようにした。
③暑がりな郷君のために扇風機を準備した。
④そして、触覚過敏さに対応する手袋を準備した。

以上のような環境を整えて餃子作りを始めてみると、郷君はすぐにレシピを暗記した。もちろん分量も正確過ぎるほど正確に計った。そして何より器用にひだを付けて餃子を作った。本人も楽しそうに笑顔で餃子を作り続けている。

慣れてきたら次第に野菜のカットなども含めて郷君に任せていった。プロジェクト開始から4ヶ月経過する頃には、準備から片付けまで郷君1人で行うことが可能になった。

実習先の居酒屋では郷君の餃子が好評で、目標であった人件費の3倍の売り上げはすぐに達成された。

企業戦力となった彼は福祉就労を脱し一般雇用としてその店舗に就職した。

2年が経過した現在、彼は自分の人件費の5倍の売り上げを作っている。そして彼の作る餃子は全フードメニューの中で出数一位である。

郷君は仕事を休むことなく、また楽しそうに仕事をする。

この店舗ではプロジェクトという形で郷君に合う商品開発をし、売り上げをあげることに成功した。その後、この方法はアルバイト従業員の戦力化などにも活かされた。今まで店舗にどれだけタフに合わせられるかが良い従業員の指標だったが、郷君プロジェクトを機にその伝統は一変した。

今でもこの店舗では非常に幅広い層の従業員がそれぞれの強みを発揮しながら働いている。

#キングコング #KINGKONG #障害者雇用 #寿司 #餃子

(写真:牧野裕二)

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