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トマトはもぎたて

我が家にやってくる担当ケアマネの町田さんは、ふっくらふくよかで優しい雰囲気の女性。

町田さんは、何年もお舅さんの介護をなさっていたって。
なので、突然旦那さんが亡くなられた時、
生活のため、介護の仕事につくという選択をとることに、迷いはなかったそうだ。
「娘がまだ中学生でしたからねえ~。
もう、必死でした。
一生懸命勉強して、実地をこなして、ケアマネの資格取って・・・。」
町田さんは、ベッドに横になっている義母を見ながら

「・・・とにかく、介護疲れなさらないように、ねえ?
こういうのは、中心になっている奥様が倒れたりしたら、本当に大変ですから。」と言う。

その声は、あくまでも優しく、慈愛に満ちている。
「ねえ~。
お義母さんも、元気で頑張っていただかないと。
私も、一生懸命お手伝いさせてもらいますからね~。

・・・えっと、今のデイケア・・・なんだったら、回数増やすことできますけど?」
この間の審査で、介護認定の段階がひとつ上がった義母。
「・・・ああ、・・・でもねえ、あんまり回数増やしても。
デイケア帰ってから、ものすごく疲れちゃっている様子の時があるんですよね・・・。」

お茶を出しながら、私が言う。
「それはねえ・・・それは、奥さん、ある程度、どこのご家庭でもあることですよ。
大丈夫。デイケアには、看護婦さんもいらっしゃるから、具合が悪い時は看てもらえますし。」

いや、そういうことじゃないんだけどな。と私は思う。

デイケアに行くことは、義母にとって、一大事業だ。
前日から、緊張しているのが、私には判る。
「明日は行く日よね?」
1日に何度も繰り返される確認の言葉。

デイケアの人達は皆親切で優しいと、義母は言う。

けれど、この間、ふと気づいた。

義母が「ありがとう」を多用していることに。

声をかけてくださってありがとう。
食事を出してくださって、ありがとう。
レクレーションをしてくださって、ありがとう。
一緒に歌ってくださって、ありがとう。
車椅子を押してくださって、ありがとう。

気にかけてくださって、ありがとう。
ありがとう。

与えられるだけの立場の人間は
ありがとうを、多用する。

そんなことは、今は考えたくない。
本当に考えたくないことだけれど、
残された時間が限られているものならば、
義母とありがとうを言わない時間を、少し選んで過ごしてもいい。
私が黙っていると、町田さんは私が新しいプランにあまり積極的になっていないことに気付いたのだろう。

「デイケアを増やすのがお嫌なら・・・訪問マッサージはどうですか?」
「訪問マッサージ??」
「そうそう。
ベッドにずっと横になっていると、どうしたって身体が強張ってしまうでしょう?
マッサージの先生に来てもらって、マッサージしてもらったら、身体も楽になるし・・・本人の気分転換にもなりますよ。」
義母の身体が少しでも楽になるのなら・・・。

「お義母さん、どう??
マッサージ、来てもらう??」
義母を見ると、ふるふると顔を横に振っている。
「・・・嫌?
・・・・すみません。・・・本人、あまり気が進まないみたいですから・・・。」
「・・・お義母さん、マッサージ気持ちいいわよ~。
・・・ねえ~~・・・その間、奥さんも楽できるのに~~~。」
その言いかたに少し気持ちがざわついた。
それが何故なのか、何の理由からくるものなのか。

・・・別に、私は楽をしたい訳じゃないんだ。
いや、楽はしたい。
それは正直そうなんだけど、でも違う。
上手く気持ちを伝えられない。
思い切って口に出した。
「町田さん、すみません。
せっかく色々プラン考えて戴いたのに・・・。
でも、うちはまず義母の希望通り、ゆっくりぼちぼちやっていこうと思います。
ですから、デイケアは今まで通りで。

・・・もし、義母の気持ちが変わったら、マッサージもお願いするかもしれません。
すみません。勝手言って・・・。」
「あ、いえいえ。
そうね、お義母さんの気持ちが一番大事ですからね。
ええ。
私はかまいません。
かまいませんよ。

・・・先生には、私の方からうまく伝えておきますから。」

町田さんの最後の「先生にうまく伝える」という言葉に
違和感。
そもそも町田さんは、義母のかかりつけ医の経営するデイケア施設に所属するケアマネージャー。

私は気が付いた。

あ、そうか。

町田さんにとって、この話し合いは「仕事」なんだ。
「仕事」の一環なんだ。

そんなことはとうの昔に、いや、最初から判っていたはずなのに
なんだか、ハッとした。

町田さんが所属する施設は、町田さんが「プランを多く回すこと」によって、お金が入る。
回っていくのだ。
町田さんは、「成果」を求めるドクター側の要求と、我が家との間にたつ人なのだった。
「気にしないでください。
お義母さんが、元気で頑張れること!
それが一番ですから。」
ひょっとすると、町田さんは、先生から叱られてしまうのかもしれない。

「介護認定せっかくあがったのに、点数使わせなかったら、駄目じゃないか。」

ああ、みんな・・・
生活しているんだもんな。

ケアマネという生活者。

介護者という生活者。

高齢者という生活者。

なんだかふ~っと力が抜けていく。


「あ、町田さん、我が家のトマト、なったんですよ。
良かったら、持っていかれません?」
「えーー、いいんですかあ。
・・・うわ~~、綺麗!!!綺麗な色!!」
「そうでしょう?もぎたてだから。」
義母が笑っている。
私も
町田さんも
笑っている。

トマトはもぎたて。
うちのトマトは、もぎたて。

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