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石巻ニューキネマパラダイス第12回 「8月5日」

 石巻の街なかに劇場が出来た。演劇ができる小劇場であり、映画が観られるミニシアターだ。震災後、旧市街地において最後の映画館となった日活パール劇場の隣でオープンした。

開館日が当初から決まっていたこともあり、全員が等しく追い込まれた。初めからお金も時間もない状況の中、一方でプロにはプロなりの美学やこだわりがある中で、やり方の分からない素人が、決して上手ではないDIYで施工をする。建築物が作品でもある人たちにとって、屈辱的に思う部分もあったかも知れない。

 それでも多くの方からの寄付や支援のおかげもあって、何とか日々の改修は進められた。8月に入ってもまだまだ終わりは見えず、睡眠時間を捨てた。苦難であった。外壁、コーキング、ボード貼り、パテ、塗装……時に大工さんに出来の悪さを怒られながらも、仕上げていく。多くの人の期待に応えたいという思い、そして最後はどうしてもこの日にオープンするのだという意地だけだったように思う。

 かくしてシアターキネマティカは8月5日。オープニングセレモニーを開催する事ができた。沢山の贈花と集まってくれた大勢の人に祝福されながら、まちに劇場が誕生した。

 ある人は新聞を見て「何かできる事はないか」と問い合わせをくれた。ある人は、寄付の入った封筒を胸にしのばせ、自転車で届けに来てくれた。こんなにも多くの人から愛される建物があるのだろうか。この劇場の価値は完成度ではなく、どれだけ多くの人が関わってくれるかなのだと確信した。支援してくれた方を、セレモニーのエンディング映像で流させてもらった。500名以上の名が連なるエンドロールだけで23分間。たぶん世界一長いエンドロールに、みんなが情熱を覚えてくれた。

 この一年半、いただいたものが多すぎて、感謝の言葉だけでは到底返しきれない。35年ローンのつもりで、というのは冗談だが、長く、続けることで、少しずつ返していく。最後の挨拶でそう約束をした。二ヶ月間ほぼ無休で、こだわることを諦めず、現場作業に当たってくれた大工さんチームには、心の底から感謝したい。お金、時間、マンパワー、コロナ情勢。四面楚歌のような状況の中、劇場を生み出すことが出来たのは、現場で戦ってくれた人たちがいたからだ。日活パール館長の命日である8月5日が、シアターキネマティカの歴史に残るオープン日になった。あのネオン看板を灯すことができた。

 今週末には、映画のこけら落とし公演として、こども向け映画会を実施する。その後は演劇ワークショップなども予定されている。カフェとビアスタンド営業も、もうすぐ始まる。

 オープン後のある日、いつも厳しい棟梁が夜遅くまで残り、まだ未塗装の壁を平らに整えてくれていた。翌日に街のみんなと塗装する壁だ。「ほんとに綺麗な下地っちゅうもんが、どれだけ塗りやすいか思い知るで」と笑い、一人残って作業してくれていた。

 頑固なこだわりの下地があって、その上に、街のみんなでペンキを塗っていく。なんだかそういう部分に、この劇場のすべてがある気がした。この場を借りて、関わってくれたすべての人たちに感謝を伝えたいと思う。
 矢口龍太


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