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(仮)間違えだらけの学習塾選び③

ライター ブラボー先生®

・・・サクラコは、食事をとると、何も言わずに部屋に戻って行った。

あの日から、彼女の太陽のような、はじけるような笑顔が消えた。

やっぱり、このままではいけない。リビングでは、食事を終えたか終えてないのかわからない夫が、ビールをちびちびやりながら、サッカー日本代表の試合を眺めている。

夫のその姿を見て、なんにも気付いてないのね、と改めて思った。

・・・もう一人で悩むのはよそう。思い切ってあの先生に相談してみよう。

そう、決心した。

手の中のスマホの画面には、ある学習塾のサイトが表示されている。

◇3月◇

「ねえ、アナタ」

キッチンから、リビングにいる夫に声を掛けてみる。

「・・・ん?」

TV画面から目を離さず、夫が気の無い返事を返してきた。

「ねえ、ちょっと・・・ねえ、コレ見てよ。ココの塾、無料で他塾生でも、受験のお悩み相談を受けてくれるそうなの・・・今の塾、どうしても信じられない。もうすぐ六年だし、この先、サクラコがどうすればいいかだけ聞いてみようかしら。」

夫は、スマホの画面を見もせずに、

「うん・・・無料なの?だったら、いいんじゃない?そういうのは全部ママに任せるよ。

・・・ちょっとゴメンね、今いいとこだから。」

「また!任せるだなんて言わないでよ!アナタだって、あの子が都立の中学受けるって言ったらいいじゃないかって言ってたじゃない!」

「だって、そりゃ・・・授業料タダなんだろ?都立って。じゃあ私立よりいいじゃないか。」

「だから人気なのよ!・・・とっても難しいんだから!都立中は!」

「じゃあ・・・そんなのは、サクラコが今の塾で頑張ればいい事じゃあないか、なにも知らない塾の先生になんてアドバイスを聞かなくてもいいだろう?

・・・それに、そんなサービスってのは最初だけで、どうせ塾の勧誘だよ」

「ブラボー先生の事ならよく知ってるわ」

と、そこで初めて夫が振り向いた。

「え・・・ブラ、なに笑?」

「ブラボー先生!・・・塾の先生で、YouTuberなの」

「は?YouTube?おいおいおい、やめとけやめとけ、そんなのにロクな奴いないよ!イロモノに決まってるじゃあないか・・・ね、ママ、ビールもう一本だけいい?」

「ちょっと!真面目に聞いてよ!ワタシ、ブラボー先生のブログ、全部読んだし、YouTubeも全部見たの!すごいのよ、面倒見がよくって。なんかこう、とっても熱い、熱血教師なのよ!

・・・絶対、今のサクラコに合うと思うの」

「?ママ、どういう事?え?なに・・・まさか?転塾を考えてるの?・・・その塾、どこにあるのよ?」

「・・・荒川区」

「隣の区じゃん!」

「大丈夫よ、慣れるまではわたしが送り迎えするし、あの子だってちんちん電車に乗って通塾できると思うの」

「ストップストップ。ね、ちょっと、待ってママ。さっきのサイト見せて?

・・・聞いた事無いなぁこんな塾。今の塾と何が違うのよ」

「やっぱりあの子、大手進学塾の集団クラスって合ってないと思うの。みんなに見られてると、質問ができないんだって。

・・・この頃、部屋で泣いてるのよ。ねえ、アナタ知らなかったでしょ」

「!え、そうなの?・・・
だったら・・・俺は別に、サクラコが辞めたいってなら辞めさせていいと思うぞ、中学受験」

「でもね、ちょっと違うみたいなの。

・・・悔しいんだって。何もできない自分が」

「サクラコはその塾?転塾について、なんて言ってるの?」

「新しい環境もありかなって・・・この間のこともあって、まだ、あまり話せてないけど」

「?・・・この間って?」

「ううん・・・ほら、このところ塾の授業もずっとオンラインだったでしょう?今年いっぱいオンラインって手紙も来てたし。

・・・この塾は、オンライン・対面授業も、状況に合わせて柔軟に対応してくださるそうなの」

「ん・・・そうか。

サクラコが転塾を考えてもいいって言ってるならなあ。

・・・じゃ、まずママがそのブラ何とかってのにさ、話を聞くだけ聞いてみたら?」

「ブラボー先生。うん、予約してみる」

「ねねママ、ビールをもう・・・」

「ダメ」

ズッコケる夫を尻目に、わたしは早速、スマホで【ブラボー先生®の学習塾セカンド・オピニオン】の予約をはじめたのだった・・・

───────────────────

時間になり、パッとコンピューターの画面に出てきたのは、いつも見ているYouTubeのまんまの、スーツも着ていない、塾の責任者というには少し、いや大分ラフな格好の先生だった。

「はじめまして~!どうもこんにちは。ブラボー先生こと、教室長のヨシモトです。えっと・・・本日はセカンドオピニオンでしたね。それでは、早速やりましょう!はい!っと・・・さあ!ではお話を聞かせて頂けますか?どうぞ!」

と、ブラボー先生が、とてもはじめてだとは思えない程フレンドリーに、そして思ったよりも大きな声でまくしたてた。

ワタシは彼にばれない様に、そっとパソコンの音量を下げながら、

「はい、あのう、その前にひとついいですか?・・・ええと、その、転塾を前提に相談を聞いてもらう事は可能でしょうか?」

「現在通われている学習塾があるんですね、えっと、いいえ。転塾を前提にお話を聞くことはありません。まずは、お子様の学習状況をお話しいただき、ワタシの意見を言わせてください。転塾相談は、全く別のお話ですから。

・・・それでは、どうぞ」

画面の向こうで、キッパリとブラボー先生はそう答えた。いきなり何かでガンっと殴られたような衝撃を受けた。転塾を前提としない?

「あ、はい・・・あの、うちの子、都立中高一貫校を目指していて」

「はいはいはい・・・都立中志望。た・い・へ・ん笑と。どうぞ、続けて?」

画面では見切れているが、相手はメモを取り始めたようだ。

「ええ、で今、〇〇塾と、家庭教師を平行してやっているんですが」

「大手塾と家庭教師?わあ、それは大変ですね」

「はい、がんばってます」

「あ、いや笑。そうでなくって」

「え?」

「指導内容に整合性とれなかったらお子さん、どうやって咀嚼してるんでしょうねえ?

・・・つまり、○○塾のA先生と、家庭教師のB先生が、同じ問題について、違う解説をしちゃったら??」

「あ・・・」

「そういう時、ちゃんと意見が言える子ですか?」

「いえ、あの、〇〇塾では質問が出来ないということで家庭教師をお願いしたので」

「フム、わかりました。どうぞ続けて?」

「あ、はい、で、この間、模試を受けたのですが」

「思考表現型※?」※都立中入試型

「あ、いえ、私立型です。一応そちらも受けた方がいい、と○○塾の先生に言われたそうで」

「でも、私立型の勉強はされてないんでしょう?」

「ええ、そうなんですけど・・・で、まあボロボロで。・・・で、あの、結果にとてもショックを受けてしまって」

「お母さんが?」

ビクッ

だめ。顔色を、相手に悟られてはいけない。

「もしかして—お母さんがショックを受けたのではないですか?そして、おそらくは、お子さん・・・ムスメさんね?と、もめたのかな?

で、ムスメさんを叱って・・・泣かせちゃった?」

ぐっと膝の上で、にぎりこぶしを作る。

「・・・あ、あの、そんなつもりはなかったんです。ただ、ちょっと・・・はい、おっしゃる通り、あの、わたし、今までサクラコが—あの子が取った事の無い点数を見て、ちょっとショックでどうしていいのかわから・・・」

「で?面談でなんと?」

わたしの話を遮って、ブラボー先生が問いかけた。ペンは変わらずに忙しく動いている。

「え?」

「え?あ、いや、サクラコ?が、塾から勧められた模試でお母さんの納得がいかない点数をとって、叱って喧嘩しちゃうくらい心配になったんですよね?片やサクラコも、お母さんとやりあって、泣いちゃう位に不安定。

・・・で、その点について、〇〇塾さんの、担任の先生は、なんとおっしゃってましたか?」

「あ、いえ・・・面談をしていないんです」

「しないんですか?」

「できるんですか?」

「しりませんけど?」

画面の向こうで、ブラボー先生は、メモ帳から目を離さずに言った。

「その、○○塾に入塾してからいままで、面談の連絡なんて季節講習の説明会以外はもらった事が無くって。あのう、こちらの塾では、面談ってよくされるのですか?」

書いているペンを止めたブラボー先生が、いたずらっ子そうな笑いを見せると、キッパリとこう言い放った。

「24時間・365日」

「え?」

「ダッハッハ。冗談だと思うでしょう?ワタシが寝ている間にも、色々相談は来てますねえ。ワタシ、実はコレが仕事の大部分で。つまり、保護者のお悩みに寄り添うことって事が。

去年の大みそかに、知らないお子さんについて外部の保護者と延々やりとりして、さすがに家族に突っ込まれましたけど笑。

面談は、いつ何時、授業やYouTubeの撮影以外、ワタシができる時は全て受けていますねえ」

ブラボー先生は、楽しそうに笑っている。まるで、こちらの不安など、なんでもないかのように。

思えば、この先生は、今日のオンライン面談が始まってから、ずっと笑っている。

「えっと、要するに、こういう事ですか?サクラコが大手の集団塾では質問が出来なそうだ。で、質問ができるように、と家庭教師を付けてあげた。また、塾の指示で、都立中を志望しているのにも関わらず、私立型の模試を受けてショックを受けたが、〇〇塾さんと面談の予約はしていない。

・・・えっと、サクラコの内申—つまり、小学校の通知表の評価はいかがですか?」

一体いつからこの先生は、サクラコのことを呼び捨てで呼んでいた?あまりにも自然で気付きもしなかった。

「悪くないと思います」

「全部【よくできる】?」

「はい、それに近いです」

「なるほど、学校の勉強はできている・・・と。ま、それにしても私立の模試は乱暴だなあ、ワタシなら絶対受けさせないけども」

「そうなんですか?」

「だって準備してないじゃない」

「そうですけど」

「そもそも模試って、小学校のテストと違うから、とんでもない点を取ってきませんか?」

「そうなんです、それがショックで」

「ふむ。お母さんも勉強が足りなさそうね」

「そうなんです、不勉強で」

「いかんなあ」

「え?」

「サクラコが同じこと言ったらきっと怒るのに、自分のことになると、不勉強ですってはっきり言うんですねえ」

ブラボー先生は笑っている。

わたしはもう、恥ずかしくって画面を直視できない。

「おかあさん。何でワタシが最初に転塾を前提にしないと言ったか、わかりますか?」

「・・・いいえ?」

「それを決めるのは、けしてお母さん【だけ】じゃあないからです。お母さん、同居する家族のメンバー、そして、本人。家族の全員が、ワタシ達となら頑張れるって思ってくれなきゃ、ワタシ達は、一緒に勉強したくありません。

・・・やるのは、どこに行ったって、サクラコ本人です。お母さんではない。まず、彼女の覚悟を見せてくれないと、仲間になんかなれませんよ」

「!!」

「・・・おかあさん」

振り返ると、リビングのドアにサクラコが立っていた。

「おかあさん、ワタシ・・・ワタシ、その塾の体験、やってみたい。」

「え?」

「ずっと聞いてたよ。その塾で、その先生と勉強してみたい」

サクラコが、ジッとわたしの顔を正面から見て、はっきりとそう宣言した。

「サクラコ・・・」

画面の中のブラボー先生は、何も言わずにただ笑っている。

つづく

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