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After6 Emotions

井上「こんなとこいたんですね」

声をかけられてギクリとする。

〇〇「見つかった…」

井上「STARの皆が着替えたら、総括始まっちゃいますよ。さっきまで舞台袖にいたのに」
〇〇「いやぁ、ちょっとね…」

舞台セーラームーンが千穐楽を終えた。
STARの終演後、最後はMOONも舞台上に集合し、集まった観客に挨拶する流れとなった。その舞台上で想像を越えたものを見てしまい、つい袖から逃げ出してしまった。

〇〇「良い舞台だったね」
井上「はい…。終わっちゃうのが本当に寂しいです」
〇〇「イキイキしてたね。演じることが楽しいってのが伝わってくるぐらい」

和はこちらに歩いてきて、横に並ぶ。

井上「あんまりうさぎちゃんと自分が似てるって印象はなくって…。きちんと“演じる”って意識で臨んだんですけど。1個だけ、その台詞を口にするときだけ、私とうさぎちゃんとの間に境界はなくて、一つになるような、重なり合うような気持ちになったんです」

和はまっすぐこちらを見つめる。

井上「だってどんな時も貴方が私を守ってくれる。皆がいる。だから私、何度でも戦える気がするの」

タキシード仮面の言葉を受けて、月野うさぎが返す台詞。

井上「全く自分とは違う存在になる。演じるって、楽しいなってすごく思いました。それでそうやって時々、まったく違う誰かと、私が一つになる瞬間は…なんて言っていいかわからないんですけど、本当に特別な瞬間なんだなって…」

この舞台を通じて、この子は確かに何かを見つけたんじゃないかなって思う。もしかしたら、それは今後の人生に大きく関わるものかもしれない。

井上「だからあの台詞は、セーラームーンからタキシード仮面と、仲間のセーラー戦士に向けた言葉だけど、私から貴方と、仲間に向けた言葉でもあるんです。どんなに性格や生まれ育った場所が違っても、そうやって同じ気持ちになれるって分かったから。きっと、あの瞬間は私達はひとつだったんだって思うんです」

嬉しそうに、けれど泣き出しそうに。

井上「それがお芝居をする上で正解かはわからないですけど笑」
〇〇「正解は誰にもわからないよ笑 強いて言うなら見た人それぞれに正解があるかもしれないけど」
井上「そうですね笑 …じゃあ〇〇さんはどう思いました?」
〇〇「俺? 演劇素人だよ?笑」
井上「いいんです。今気になったのは〇〇さんの感想だから」

ニコニコとそう聞く和に、う〜んと頭を悩ませる。

〇〇「今の5期生がやるセーラームーンというミュージカルで、これ以上のものは想像がつかない。それぐらい良かったと思う」

素直な感想。
よりこうあれば、よりああでれば。
そういうものが思い浮かばない。
素人目線で言えることなんて何も無い。

〇〇「劇自体も、そこから得られた経験も想いも、素晴らしかったと思う」
井上「経験や想い…ですか?」
〇〇「あの井上和がステージの上で同期にキスしてお姫様抱っこするぐらいだからね。どれだけの感情が溢れてたか、見たらわかるよ」
井上「いやぁ、テンションが変になってました笑」
〇〇「やっぱ演劇って、舞台って特別なものだなって思う」

ライブステージやドラマ。
同じステージの上でも、同じ演じるというジャンルでも。やはり舞台演劇って特別だ。

〇〇「その瞬間、その場で、リアルタイムで、掛け合って、形になるっていうか。本当にその時だけしか生まれないものを、一緒に作るって凄いことだよな。なんというか血肉が通ってるっていうか」
和「そうですね…。なんとなくわかる気がします。私じゃない私と、みんなじゃないみんなと一緒だったから」

仲間達。
これまでも一緒に色々なことに挑んで、作って。
そしてこの舞台では、いつもと違う自分と、いつもと違う皆と新しいことに挑んで、作り上げて。そうやって走り抜けた皆は、また一段と強固な絆で結ばれたと思う。

〇〇「…これは、そろそろ話してもいいかな」
和「何をですか?」
〇〇「…当たり障りのない話」

もうあれから数ヶ月。
というべきか、まだ数ヶ月と言うべきか。

〇〇「選抜発表があって、咲月がアンダーになるって決まって少ししたくらいかな。2人でペアの撮影があったでしょ?」
和「…覚えてますよ。あの時はちょっと嫉妬しました。2人で話してて、その後さっちゃんが元気になって。何を話したんですかって、聞いても当たり障りのない話ってごまかすから」
〇〇「ごめんごめん、別にごまかそうってわけじゃ無くて。ただあの時はその話をするのもお互いに微妙かなって」
和「別にいいですよ。あの時はってだけで、今はそんなふうに思ってないですから笑」

ありがたい気遣いだなって思う。

〇〇「咲月はあの頃、やっぱり葛藤の中にいて…。自分の立ってる場所とか、周りの子達の立ってる場所とか。アンダーの可能性を楽しみに思う気持ちと、隣に並んで立つすごい子と、自分の差に悩んだりとかさ」
井上「……」
〇〇「けどさ、やっぱりあの子凄いんだよな。そう言うときって、どうやったって思考や視線が内側に向かっていっちゃうはずなんだけど。自分が苦しい時、悲しい時って、自分のことばかりになっちゃうじゃない?自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃったり、もっと自分に視線が集まって欲しい。かまって欲しいって」

そういう時は誰だってそうなる。
それが自然だと思う。

〇〇「でもさ、あの子は言うんだよ。アンダーでの経験がアルノを成長させたって。最近本当に和がキラキラしてて刺激をもらうって」

どうすればそんな風に思えるんだろうって。
まだ子供って言っても差し支えないような女の子が、こんな逆境の中にいながら。

〇〇「生まれ持った資質なのかもしれない。けど俺は仲間達と過ごして、素敵なところを見つけて、好きになったから、そうやって想えるようになったんだって思う。隣でキラキラ光る和を見て、咲月は葛藤した。けどその葛藤が咲月を成長させたんだと思う」

こういうのは贔屓っぽいかもしれないから、あんまり良くないかもしれないけど。

〇〇「2人は今回、同じタイミングで、同じステージで演じることはなかったけど、対になって、同じうさぎちゃんを、それぞれの解釈で演じたことで、同じ気持ちを共有したよね」
和「はい…」
〇〇「向き合って台詞を掛け合うことはないけど、同じ方向を眺めて、それぞれの走り方で、同じ場所を目指して走ってたね」
和「…嬉しかった。一緒にそこに立っていなくても、私達は確かに繋がってるんだって、はっきり分かったから。言葉にしなくても、確信できたから。言葉より先に、動いてた」

先輩にデレデレする彼女はよく見る。
でも同期には素直に愛情表現が出来ない所がある。
そんな井上和が、沢山の人がいて、沢山の人々に配信されているあの場面で、あんなにもハッキリと、真っ直ぐに感情を爆発させた。
そこに何を見出すかはそれぞれだけれど、あまりにも尊いものがそこにあって、俺は平静ではいられなかった。

〇〇「この広い世界で、同じ時期に、同じグループに入って、並び立つことって、本当にミラクルロマンス過ぎる」
井上「笑」
〇〇「咲月には、皆に寄り添っていて欲しいって頼んだ。そのせいで悩んだり、大変な思いをさせるかもしれないけど。それでも、頼んだ」

そんな役回りかもしれないって、思いながら。

〇〇「差が生まれた時、違いが、分類が、隔たりを生むかもしれない。それでもその両方を知る人が寄り添ってくれれば、すぐに手を取り合えるんじゃないかって」

いずれそうなれば。
そんなくらいの気持ちだった。

〇〇「あの時、ステージで和が咲月を抱き抱えた時、頼んで良かった。あの時、咲月に感じた可能性は間違いなかった。そう思った。どんな壁だって関係ない。この子は越えてくし、繋いでくって」

こんなに早いとは思わなかった。

〇〇「そう思ったら、“なぎさつ”いいなぁってなっちゃった笑」
井上「〇〇さんがそういうワード使うの珍しい笑」
〇〇「なんかもう凄くて…。舞台袖で2人を迎えたら、感情コントロールできる自信なかったから急いでその場離れたよね笑」
井上「だから居なかったんですか!?」
〇〇「そうだよ笑」

あの場で2人を出迎えてたら、本当に抱きしめてしまいそうだったから。

〇〇「変えてくんだよ。君達が。君達自身の世界も。君達を見てる俺達の世界も」
井上「壮大ですね…」
〇〇「そうだよ。でも始まりは…」
井上「自分自身を変えること」
〇〇「…だね。そうやって積み重なった小さな変化が、いつか大きな変化になって、見える世界を変えてくんだと思う。いずれ来る6期も、きっと君達を見て、変えようとやってくるんだと思う。自分自身を。自分を取り巻く世界を」

楽しみに思う。
夢の1つが叶う日を。

〇〇「6期生に、どや、5期生すごいやろって言わしてな」
井上「はい。頑張ろうね!さっちゃん!」


〜〜〜〜〜〜


後ろを振り向いて、声をかける。
そこにはベショベショに泣いてるさっちゃん。

〇〇「え…、いつから」

振り向いた〇〇さんがさっちゃんに気づく。

井上「わりと前から。少なくともさっちゃん褒めてる時にはもういましたよ笑」
菅原「そういうのは直接言って下さいよ〜!」
〇〇「…直接言ったらこうなるって分かるやんか!」

〇〇さんもさっちゃんに負けないくらいベショベショに泣き出して。

〇〇「君達良くないで…。いや、いいねんけど、良すぎて良くないで…」

あぁ、ホントにコントロール出来なくなってる。
支離滅裂だ。
なんだか可笑しくて、嬉しくて。
私までベショベショになっちゃいそう。

さくらさんが言ってた。
自分に自信が持てなくて、誰の言葉も気遣いやお世辞に聞こえてしまって受け入れられなかった時、〇〇さんがあんまりにも泣いて笑って悩んでくれるから、ほんとにそう思ってるんだって、わかってしまうって。だから素直に受け取ろうって思えたって。

今、それがよくわかる。

いっぱいいっぱいになって、
殻に閉じこもっても、
貴方は連れ出してくれたから。

世界を変えるなんて大仰な台詞も、
貴方の言葉で変われた自分がいるから、
やってやろうってそう思える。

どんな時でも、心の奥底で感じられる。
一緒に立ち向かっているんだって実感を。

これからも葛藤はあると思う。
けど、躓くことを気にしたりしない。
貴方の声と、笑顔と、涙を信じて進もう。


〇〇「ほら、もう戻るよ!メインヒロインが二人ともいないなんて、どんな総括だよ…」
菅原「もう顔ボロボロなんですけど…」
〇〇「俺だってそうだよ!もう、またこんなボロボロ泣いて戻ったらやいやい言われるよ…。和も行くよ…」
井上「はい」

さっちゃんを先頭に、その少し後ろをついてく〇〇さん。少し駆け足でその背中に追いつく。

井上「〇〇さん」
〇〇「ん?」

振り向いた〇〇さんの手を引くと、彼は少し前かがみになる。

その頬に、軽く、キスをした。

流石に抱きかかえれはしないけど。
まぁ、いつか、してもらえたら嬉しいけど。

そのまま手を引いて進む。
空いた手でさっちゃんの手を取る。

井上「行こう!」

2人の顔は見ない。
見れない。
照れくさくて、恥ずかしくて。
それでも進む。


だってどんな時も貴方が私を守ってくれる。
皆がいる。だから私、何度でも戦える気がするの。

今の私には、
この感情と意志こそが、全てだと思うから。

Emotions(MAN WITH A MISSION)  END…



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ライナーノーツ

今回はセラミュ。
マンウィズのEmotionsで。
感情。

5期生をきっかけに初めてミュージカルや舞台を見た人もいるかもしれませんね。卒業後、舞台をメインに活動するOGたちの気持ちがわかった人もいるかも知れません。舞台にはそうさせるだけの魔法があると思います。あの空間はやっぱり特殊です。
舞台の共演者と恋仲になる人がいるのも納得です。
それだけのつながりが生まれる場所です。
興味が湧いた人は、過去のセラミュや、AKB49の舞台もメイキング込みで見てみてください。
アイドルと舞台の親和性。

本編の当たり障りのない話を書いてた頃には、こんなに早くさっちゃんが選抜とアンダーの繋がりを意識させてくれるなんて思わなかったな。特にあのさっちゃんに対して、ツンデレしぎみな和ちゃんにこんなにハッキリした感情出させるくらいに。

素敵すぎて泣いてしまう。


チャイティーヨのスキが伸びてます。
ありがとうございます。珍しく書きたいものと、需要が寄り添ってるようです。
そっちの方も構想してる分だけでも書こうかな。
次回はこれ!と決めているのがないのもあるので。
また少し間隔開いたらすいません。よろしくお願いします。

次のお話


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