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After3.57 HOME TOWN


〇〇父「よう」
〇〇「…どーも」

待ち合わせ場所にやって来た車から降りてきたのは〇〇さんと同じくらいの背丈の男性。

〇〇父「どーもじゃねぇんだよバカが…!」
〇〇「イッテ」

気まずそうに、よそよそしく挨拶する〇〇さんの頭を叩くお父さん。

〇〇父「すいません、後ろ、乗ってください」

ぺこぺこと頭を下げるお父さんの言葉を聞いて、私と与田さんは驚きながらも車に乗り込む。運転席にお父さんが、助手席にノロノロと〇〇さんが乗り込むと車が動き出す。

〇〇父「いや、すいませんね。バカ息子とは久しぶりに会いまして」

豪快に笑いながら運転するお父さん。

〇〇「もう、辛い」

現実逃避なのか、窓の外に目を向ける〇〇さんを見ていると、ちょっと罪悪感。

〇〇父「…バカは役に立ててますか?」

少し心配そうなお父さんの声に、ハッとする。当たり前だけど、いくつになっても、やっぱり親は子供のことが気になるんだなって。

与田「すごく助けられてます」

迷いなく、ハッキリと与田さんが言う。

与田「一生懸命、メンバーに寄り添って、一緒に悩んで笑って、してくれてます」

きっと〇〇さんはこうやって、堂々とした先輩達の姿を見てきたんだろうな。その姿が、〇〇さんや4期の先輩達の見本になっていったんだなって、そう思う。

〇〇父「…そうですか。与田さんにそう言ってもらえて、コイツも嬉しいと思いますよ」
与田「…そういえば、まだ自己紹介してないですよね?」
〇〇父「3期の与田さんと、5期の井上さんでしょ?」
井上「…何期かまでご存知なんですね?」
〇〇父「コイツ、自分のことは大して連絡しないくせに、乃木坂の事は定期的に連絡してきますよ」
〇〇「マジで勘弁してくれ…」

とうとう顔を覆ってしまう〇〇さん。

与田「…どんな風に話してるか、気になりますね」
井上「私も気になります」
〇〇「あ〜、キツイキツイ」
〇〇父「うちに着いたら嫁さんが色々教えてくれますよ。向こうもお二人に色々聞きたいでしょうし笑」


〜〜〜〜〜〜

〇〇母「…おかえり」
〇〇「…ただいま」 

到着した〇〇さんの実家。
玄関で待っていたお母さんは、背こそそう大きくないけど、目元が似てる気がする。

〇〇母「与田さん、井上さん、はじめまして。〇〇の母です」
与田「はじめまして、お世話になります」
井上「よろしくお願いします」
〇〇母「さぁ、どうぞ」

2階建ての一軒家。
玄関からまっすぐ入るとリビングに。

与田「いい匂いがします」
〇〇「…懐かし」
〇〇母「タンシチュー、用意してますから、良かったら召し上がってくださいね」
与田「美味しそう」

与田さんの適応力っていうか、物怖じのしなさすごいなぁ。

〇〇母「お部屋、案内してあげなさい」
〇〇「…こっち、どぞ」

ぎこちなさ継続でリビングを抜けて、階段を登る。登ってすぐの所の扉を開けると、本棚と机、布団が二組畳んで置いてある。

〇〇「なっつかしい…」
与田「ここは?」
〇〇「…俺の部屋です」

そう聞くと俄然興味が湧いてくるから、なんというか。

〇〇「と言っても本棚の中身と机のコンポくらいしか残ってないですけど」

荷物を置かせて貰いながら、ちらりと本棚を覗くと、半分くらいはCD。ただ知らないタイトルばかり。机の上にあるコンポも、随分年季が入ってるように見える。

与田「ここで子供時代を過ごしたわけか」
〇〇「20なる前に出てるんで、十数年ですかね…」

ここにも、私の知らない〇〇さんがいる。
どんな子供時代を過ごしたんだろう。
私と同じ年の頃、ここを出た〇〇さんはどんな気持ちだったんだろう。

〇〇「…さぁ、とりあえずご飯食べましょう」
与田「タンシチューだって」
井上「美味しそうですね」
〇〇「…美味しいですよ、変わってなければ」

そう言う〇〇さんの笑顔は、いつもと違う。
言葉で表現できない、きっとここに来なかったら見れなかった表情なんだと思う。

〜〜〜〜〜〜

与田「美味しいです!」
〇〇母「よかった〜」
井上「タンがトロトロ」
〇〇母「気合い入れて煮込みました」
与田「こんな料理上手なお母さん居て、〇〇幸せだなぁ」
〇〇父「与田さんの言うとおりだぞお前」
〇〇「…いや、馴染みすぎでしょ」
〇〇母「与田さん、良かったら赤ワインでもいかが?」
与田「あぁ、ありがとうございます」
〇〇母「格付けチェック、素晴らしかったですね」
与田「え、そんなとこまで見てくれてるんですか?」
〇〇母「勿論。井上さんもお若いのに緊張なさったんじゃないですか?」
井上「は、はい。全然役に立てなかったですけど…」

明るいお母さんだなって思う。
〇〇さんが会話を大事にしてるのは、お母さんの影響かもしれない。
そんな印象を受ける。

〇〇「……」
井上「音楽室、あるんですね」

〇〇さんの視線を追うと、リビングにある扉に“音楽室”と書かれたプレートが下げてある。

〇〇父「…音楽、続けてんのか?」
〇〇「……」

沈黙。でも、不思議と気まずいとは思わない。
〇〇さんはどう思ってるかはわからないけれど。皆が静かに〇〇さんの返事を待っている。

〇〇「…一時、ほぼやめてた。けど、今は趣味程度に色々触ってる」

それを聞くと、お父さんが立ち上がる。

〇〇父「…少し見てやろうか」

〇〇さんは少し驚いたあと、笑って立ち上がる。

〇〇「…なんじゃそりゃ笑」

自分が食べた分の食器を重ねると、それをキッチンへと運ぶ。リビングに戻ってくると、お母さんへ、

〇〇「ご馳走様」
〇〇母「はい、どういたしまして」

そんなやりとりに、〇〇さんがどんな風にご家族と接していたのかが垣間見える。

〇〇「すいません、少し席外します」

申し訳無さそうに言う〇〇さん。
私も与田さんも笑顔で見送る。

〇〇母「ごめんなさいね、勝手な人達で」
与田「いえいえ笑 珍しいです、ああいう〇〇」
井上「確かに、初めて見たかもしれないです」
〇〇母「そうですか…。どうですか、あの子。うまくやれてますか?」
井上「いっぱいお世話になってます」

私も、きちんと伝えたい。
沢山お世話になってるって。

〇〇母「…高校を卒業する頃、東京に出るって言い出して」

ワイングラスに入ったワインを眺めながら、お母さんが話始める。

〇〇母「元々私や旦那の影響で音楽始めた子で。あれも旦那の趣味でね」

ちらりと音楽室に視線を送る。

〇〇母「発表会とかコンクールとかそれなりに評価されて…。止めるべきか、応援するべきか、私達も決めかねてね…」

寂しそうな表情から、この人の優しさが分かる。あぁ、〇〇さんのお母さんだなぁって実感する。

〇〇母「辛いとか、苦しいとか、言ってくれれば、いつでも帰ってくればいいって言えたんですけどね。連絡も全然してこなくなっちゃって…」

その頃の〇〇さんの話は、私はまだ詳しくは聞いていない。先輩達と初めて会った頃の〇〇さんの話は、私達と出会った頃の〇〇さんからは想像できないくらいで。

〇〇母「何年かして、久しぶりに連絡が来たと思ったらアイドルの運営会社に入ったって。それだけ。…でもとてもじゃないけど詳しくは聞けませんでした」

どれだけ打ちのめされたんだろう。
どれだけ悩んだんだろう。
きっとお母さんも、複雑な気分だったと思う。
夢を諦めたこと知って、それでもちゃんと次の人生に向かって歩き出せたことを知って。
でも、なんて言葉をかけたらいいかなんて、私には想像もつかない。

お疲れ様?よく頑張ったね?

どれもしっくりこない。

〇〇母「それからしばらくして、手紙とCDが届いたんです」

お母さんは立ち上がると、リビングの隅にあるクローゼットに向かう。私と与田さんも顔を見合わせてあとに続く。

〇〇母「こういうの、祭壇って言うんですよね?」

いたずらっぽく笑いながらクローゼットを開くと、中にはギッシリと乃木坂のCDやライブのBlu-ray、グッズや書籍が詰まっている。

与田「すご…」

お母さんはそこから1枚のCDを取り出す。

井上「今が思い出になるまで…」
与田「…4期生が入って最初のアルバムだ」
〇〇母「今、この子達と一緒に頑張ってるよって。凄い人達と、頑張る子達と一緒にって。…嬉しかったです。本当に」

言葉が出てこない。

ずっとずっと救われてきた。
理想と現実に悩んだ日も、
何もかも嫌になって閉じこもった日も、
センターの重圧に押しつぶされそうな日も、
与えられたハードルへの不安に揺れる日も、
あの人に支えられて、救われて、立ち上がれた。

元はと言えば、なんでもない日常を過ごす間も、私は救われてきた。
だからこそ、ここに憧れた。
だからこそ、ここを目指した。
だからこそ、ここにいる。

乃木坂に救われてたんだ。
私も、あの人も。

全く違う場所で、
全く違う日々を生きてる間も。
巡り合うずっと前から。

そんな私達が
乃木坂で出会って、
乃木坂に立って、
乃木坂というグループを象るピースになって。

ふと、手を握られる。隣で手を握ってくれた与田さんは涙を浮かべていて。その顔が滲んでるのは、私も同じ様に泣いてるからだ。

なんでそんな一生懸命なんだろう。
それはきっと救ってくれたこの場所守りたいから。

〇〇母「ありがとう与田さん、井上さん。あの子は乃木坂と出会えて幸せです。私はずっとずっと、直接お礼が言いたかったんです」

そういうお母さんも、ポロポロと涙していて。

〇〇母「…井上さん、よかったらこれ」

クローゼットから1枚のCDと1枚の封筒を取り出す。

井上「…おひとりさま天国」
〇〇母「…良かったら読んでみてください」
井上さん「…いいんですか?」
〇〇母「…あの子には内緒にしてくださいね」

封筒から手紙を取り出すと、内容に目を通す。

“担当してる子からセンターが選ばれた”
“最初に選ばれた子の時は何も出来なかった”
”後悔しないために戦う”
“俺自身とこの子が後悔しないために”
“支えるって難しい”
“支える側になって初めてそれがわかった”
“今までごめん、心配かけて”
“本当にありがとう”

こぼれる涙で手紙が濡れないようにするのが難しい。字が滲んで読むのがどんどん大変になる。
それでも最後の一文ははっきりと読めた。

“この子がいつかこの葛藤の日々を笑って話せる時がくれば、それ以上の贅沢は望まない”

その後のことはあんまり良く覚えていない。どうしようもなく涙が溢れてきて、立っていられなくて、与田さんとお母さんに支えられて部屋戻ったくらいまでで、ぷっつりと記憶が途絶えてる。


〜〜〜〜〜〜


目が覚めると布団の中で、隣で与田さんが眠ってた。なんとなくじっとしていられなくて、そっと布団を抜け出す。
枕元のスマホを見ると時刻は深夜。
部屋を見渡すとカーテンの隙間から月明かりが部屋に差し込んでいる。
その光に誘われるように窓から外を眺める。
お家の裏庭が広がっていて、そこにあの人が立っているのが見えた。与田さんを起こさないように静かに部屋を出て階段を下る。
裏庭はリビングから出れるはず。
真っ暗なリビングには風が吹き込んでいて、カーテンが静かに揺れてる。開いたままのガラス戸に近づくと、足元にクロックスが置かれていたので、それを借りて裏庭へ。

〇〇「お、大丈夫だった?」
井上「…はい」

なんて説明してくれたかわからないけれど、私が眠っていたことはたぶん知ってるんだと思う。

井上「…何してたんですか?」
〇〇「…お月見?かな?」

手に持ったグラスと、その中に入った大きな氷とお酒を見せるようにカラカラと振る〇〇さん。

〇〇「…もうじきセラミュも始まるしね」
井上「そうですね…」

もう少し歩みを進めて隣に並んで空を見上げる。

井上「…素敵なご両親ですね」
〇〇「…そうだね。有り難いよ。…だから余計にどの面下げて会えばいいのかわかんなかった」

寂しそうな、自分に呆れたような顔をする。


そんな顔しないで。


〇〇「色々言われたんじゃない? 特に母の方はどうもすっかり乃木オタだから」


そんな顔で笑わないで。


井上「…伝わってますよ。〇〇さんの気持ち、ちゃんと」
〇〇「……」

そう言うと、くしゃりと〇〇さんの顔が歪む。

〇〇「ごめん、ちょっと酔ってるかも」

目元を隠すように押さえるその姿を見て、どうしようもなく、居ても立っても居られないくて。


私は〇〇さんを抱きしめた。


井上「いつも、〇〇さんに助けられてます。感謝しています。本当にありがとう」

身長差で、子供が親に抱きついてるようにしか見えないかもしれないけど、

井上「その分、私も貴方に恩返しがしたい。貴方の助けになりたい」

生意気で、不相応かもしれないけど、

井上「貴方が私を想ってくれる分、私も貴方を想っていたい」

ありのままの本心。

井上「今は無理でも、いつか貴方に甘えるだけじゃなくて、対等に支え合えるようになりたい」

また私達は一緒に泣いて、また一緒に笑う。

〇〇「ありがとう和。けどさ、甘えるだけなんかじゃないよ」

頭の上で〇〇さんの声。

〇〇「ずっと勇気をもらってるよ。頑張る和の姿から。キラキラ光る和をもっと見たいから、俺も頑張ろうって思ってるよ」
井上「じゃあずっと見てて。もっと頑張るから。もっと光ってみせるから。もっと貴方に勇気をあげるから」

卒業するその瞬間まで。
それまでに、
絶対貴方の隣に堂々と立てる人になるから。
その瞬間まで見守っていて。

〜〜〜〜〜〜

与田「お世話になりました」
〇〇父「良かったらまた来てください」
〇〇「来ないわ流石に」
与田「また機会があったら是非」
〇〇「ないでしょそんな機会」
〇〇母「山下さんの卒業コンサート、チケット取れてるのでお邪魔しますね」
〇〇「取れてんのかい」
〇〇母「セーラームーンのミュージカルは取れなかったので、配信で見させてもらいますね」
井上「ありがとうございます!」
〇〇「オタ活充実してるな…」

お家から駅までお二人とも見送りに来てくれて、名残惜しいけど神戸の旅ももう終わり。

さみしいけれど、これて良かった。

〇〇「じゃ…。年末年始くらいは帰れるように頑張るから…」

照れくさそうにそう言って、一番最初に背を向ける〇〇さん。

〇〇母・〇〇父「いってらっしゃい」

その言葉を聞いて、〇〇さんはうれしそうで。

そういう顔で居て欲しい。
寂しそうに笑わないで。
呆れたように笑わないで。
貴方には純粋な笑顔で居て欲しい。


〜〜〜〜〜〜


〇〇「疲れましたね」
与田「あ〜もう終わりか。楽しかったなぁ」
井上「…また来たいですね」

飛行機が飛び経って、眼下に広がる景色。
こんにちは、貴方の街。
もう終わってしまうから、さよならか。
また来るね。
私の知らない、貴方の事を知るために。

そしてその度、
きっとまた私は貴方に恋をする。



HOME TOWN(Nulbarich) END…


--------------
ライナーノーツ
遂に3部構成になってしまった神戸編完結。
テーマソングはNulbarichのHOME TOWN。
休止、さみしいですね。

流石に後編は短めな仕上がり。
元々は前後編の2部構成予定でしたのでね。

元々妄ツイを書いてみるぞ〜と思い立った時に、
主人公はマネージャー。
アイドルとして活動する中で起きる、葛藤や劣等感、嫉妬心や、成長、変化。そういうドラマの裏で彼女達を支える人を書きたいな。
という気持ちがあって始めたことなので、アイドル達との恋模様よりそちらを優先した設定を組んで出来上がった主人公。
彼自身は読み手が感情移入しやすい余白以上に、彼女らを支えたいと願う動機づけを大事にしました。

本当に需要を満たすなら、アイドルとマネージャーという恋愛に結びつけるのがNGな関係性より、学園モノとか特殊な設定のほうがラブラブしたものが書きやすいと思うのですが、前述の通りアイドルのドラマが書きたかったので、どうしてもそこは譲れないとこでした。

また、過程をなるだけ書きたいな。
どうしてそう思ったのか、内容の濃さや説得力はともかくとして、何故そうなったのかについては書きたいなと。そういった関係性の変化や進展をかけるのが連作と言うか長編と言うかの醍醐味かなと。

そういった意味でも、本編で書いていたものの終点のような今回の神戸編。
メンバー→〇〇への想いを書く本編から
〇〇→メンバーへの想いを書くのが今回の神戸編。
という感じ。

彼自身のバックボーンに触れる回はずっと考えつつも、どうにかメンバーと絡めて書きたいよなってことでこの形と相成りました。


しかし主人公がマネージャーである以上、かけるイチャイチャには限界もあるよなぁと思いつつあるか今日この頃。どこまで許されるんだろう。


次回は山さん、かっきーの卒業前旅行。
おそらく2部構成。の予定。
ずーとメインヒロインを決めかねてる作品群ですが、読み手の皆さんは誰をメインヒロインとして読んでいるんでしょうね。書き手が決めかねてる不安定な世界ですが、よろしければお付き合いください。



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