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『驚いているところを見られた』

20240609


 「逃げるは恥だが役に立つ」という言葉はドラマのタイトルとして聞きなじみがあるけれど、僕は常に恥から逃げ出したい。

恥ずかしいことから逃げ出したい。


 電車で一人でスマホをいじって座っているとき、なんとなく電車が止まったからもう自分が下りる駅に着いたかと思って立ち上がってみたら、停止信号で止まっているだけだった時、もうその車両から逃げ出したい。


 自転車を漕いでいて急激な下り坂が目の前に現れた時、はしゃぎたくなって、足を目一杯外に広げて勢いよく下り終わってから、足元のペダルを探そうと足が空を切って空回りしている瞬間を、後ろで知らない人がゆっくり坂を下りながら見ていた時には、その自転車を投げ捨てて逃げ出したい。


 久しぶりの親戚の集まりで、自分の服の色とおじの服の色が被っていた時、その集まりから離脱したい。

そして、気付かれない程度に着替えてからまた参加したい。



 静かな夜、川に沿って歩いているとき、川の端のほうで魚か鳥か何かが跳ねた。川の静寂の中で突然響いた水の音に僕はとても驚き、「うわっっ!」と声に出して体をよじらせて身構えてしまった。

その様子を少し後ろのほうでOL風の女性に見られていた。

その人はイヤホンをしていた。

目の前で突然男が体をよじらせて何かに怖がっている様子を見て、その人は何を思ったのだろう。僕はもういっそ川の中に飛び込んでしまいたかった。



なぜ驚いているところを他人に見られることは、こんなにも恥ずかしいのだろう。テレビでもYouTubeでもない、何の企画にもなっていない、ただ驚いているだけの瞬間を見られることから逃げ出したい。



 恥ずかしい瞬間から逃げることも恥かもしれないけれど、何の役にも立たない気がしている。


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