酔いどれ天使(詩)

「ぼぉくだってねぇ、愛されたいですよぉぉ」
「はいはい、だから嫌いとは言ってないじゃん」
「ぼぉくはぁぁ貴方のことぉこんなぁに好きぃなのにぃ」
 昼の部を任されている彼の急な絶叫を夜の部を担当するマスターは軽くいなす。マスターはなにやらカウンターで屈んで作業をしながら目線は合わせず気怠そう。一方の彼はフラフラと、まるで芯のない白菜のように揺れながら。隣の私たちは大いに笑う。彼は酔っ払っており、マスターは仕事中である。しかし、この光景が私たちにとってはいつもの光景であり、ちょっとした安堵すらあるのである。彼はふらふらと椅子にもたれかかり、「トドメ」と呼ばれている謎の酒を注文する。
「なんですか、これ、飲んでみていいですか?」
「ぁなたぁみぃたいな人はぁ、やめたほぉうがいいですよぉ」
一口ぺろっと飲んでみると、甘いアルコールと甘いアルコールを甘いアルコールで割ったような味がする。
「おお、身体に悪そうですね」
「アルコールとアルコール混ぜた味だからね」
マスターはフンッと鼻を鳴らしながらレコード卓の方に歩いて行く。
そのうち彼は停止したかと思うと、そのまま動かず。10分ぐらいでむくっと立ち上がり、フラフラと店の外に歩いて行く。
 「大丈夫ですか?あれ」
「あーほっときなほっときな、誰かと一緒だと面倒臭いから逆にこんぐらいがいいのよ、昔からだから」
今この場にいる人間のなかで、誰よりも彼と付き合いが長いのがマスターなのである。もちろん笑いながらそれを見ている彼の妻よりもである。マスターは彼が大晦日に血だらけで入ってきてタオルで止血しながらお酒を飲んでいた思い出を語る。
「まあ、怪我人に酒出すおれもおれだけどね」
全くその通り、ここには変人しかいない。
 帰り道気になって駅の方へみに行くと、彼の妻が彼を抱えて歩いている。彼は身長が高く、一方妻は小柄な女性だ。遠目に見ると巨大な生き物を少女がいなしているように見える。
「あ、まだ帰れてなかったんですか!どこいたんですか」
「公園に停めた自転車探しに行ってたみたいで!今日雨だから電車できたのにね!そりゃあ見つからないよ!」
彼の妻は笑いながら私にそう告げると、雨の上がったコンクリート道路をまるで牛飼いのように彼を連れてゆっくり歩いて行く。本当は怒っているのか、それとも面白いと思っているのか、どっちともつかないニヤニヤ顔。つくづく変わった人たちだ。その変わった熱に当てられて、こんな時間までいてしまったのである。私の人生において、このような狂乱の日々はまったく珍しいことなのである。この人達は天から遣わされた何かではあるまいか。天使とよぶには少し翼がくすんでいる。大方、ゴミ捨て場やら花壇で寝転んでいたのであろう。煤けた羽に手を振りながら、雨上がりの街を私は闊歩するのである。

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