朝日は来ない 第2話

一郎「香織……俺と、結婚したいと、今でも思ってくれてるか?」
香織「け、結婚!?」
      
(間を空け)

香織「どーしたの、何かあった?」
一郎「結婚、して欲しい…大人になってからじゃなくて、今」
      
 香織、沈黙の後笑顔で
               
香織「一郎の事だから、真剣に考えて出た答えなんだと思う。だから、一郎が言うなら、私はいつでも受け入れるよ」
一郎「ありがとう」
 
  互いに顔を見つめた後、キスはをかわす。
               
○香織の家・外 夜

  沙織(80)、庭で繊細な糸に色を染め
            

一郎「香織のおばあ様。本日はお話があってここへ参りました」
沙織「おかえり、ささ!誕生日会をしよ……」
            
  沙織、一郎を見て察する
      
沙織「……(笑顔で)どうぞおあがり」
      
               
○香織の家・中 夜         
      
一郎「おばあ様…」

  沙織、首を降って笑いかけた。
            
沙織「話はわかっているよォ〜結婚、だろ?」
一郎「どーして知っておられるのですか」
沙織「ほほっ、お前さんのその堅苦しい態度じゃよ。いつもおばあおばあと懐いとるのに、こんなに改まっておったら、分かるぞ」

  沙織、重い口調になり
 
沙織「私の息子はのぉ、正義感の強い子じゃったぁ。西に泣く子あればいって笑わせ、東に病の子あればいって看病し……だからじゃのお…日露戦争で、多くの仲間が敵を殺す姿を見て、悔いておった」
香織「それって……お父さん……」
沙織「これ以上、戦争に染めてはいけないと、家族を捨て、同士を募り、天皇様に背いた……」
一郎「(息を呑む)」
沙織「正しい事をしたよ。戦争で人を殺して、称号を貰っていばる奴らなんかよりよっぽど正しい!」
香織「だめだよおばあ、その言葉はひ……」   
沙織「(被せる)でも、あの子に待っていたのは、処刑ではなく、奴隷になった中国の人々を毒殺することだった……!」
 
 その場にいた2人は絶句する。

沙織「多くの中国人を殺したと言っていた。多分その中には善良な市民もいたじゃろ……人を殺した私の息子は日本兵に頭を撃ち抜かれて死んだ。遺骨を貰った時に、毒殺を立派だと称え、英雄の死のように私に告げた。わしは後悔したよ。自分の息子を非国民だと罵ったこと。正しい事をしたあの子に寄り添ってやれなかったことを」
         
   沙織、2人の手を取る
             
沙織「いいか、2人とも。これから何があろうと、この事を忘れないで欲しい。そして、もしお前たちのどちらかが国を裏切ったとしても、絶対に相手を信じてやって欲しい。変な意地を張る必要は無い。それで後悔するくらいなら、人を殺す度胸があるなら、非国民にだってなんだってなれ」

 2人は頷く。
  
○3年後一郎宅・昼
              
  翔子(2)が香織(15)と家事をしている。
              
香織「翔子〜一郎さんを呼んできて〜」
翔子「はーい、お母様」
             
  少年兵の格好で帰ってくる一郎(15)、翔子を見て、抱き上げる
一郎「ただいま。翔子」
翔子「あはは、お帰りなさい!」
香織「一郎さん、お帰りなさい」
一郎「あぁ、ただいま」
香織「今日も訓練お疲れ様でした」
一郎「ありがとう。そっちも大変だっただろう」
香織「いいえ、翔子が頑張ってくれましたから」
一郎「翔子が……えらいぞ(頭を撫で)」
翔子「(笑う)」
              
 一郎、香織を見て笑顔で手招きをする
      
一郎「今晩話をしよう」

○一郎の家・寝室 夜
  一郎と香織、布団に2人で横になり、抱き合って寝る。一郎、頭を撫でながら話し始める

一郎「もうすぐ、アメリカ軍が沖縄に攻め入るでしょうそうなったら、この古宇利島は、真っ先に標的になります」
香織「え、でもこんな小さな島に攻めいれられれば、あっという間にアメリカ兵に捕まってしまいます」
一郎「はい。それで話があります。もし、アメリカ軍が沖縄に攻めいることがあれば、本土に逃げてください私の母に避難準備と、船の隠し場所を伝えてあります。それを使って本土に向かってください」
香織「ずっと私達のために用意していたのですか?」
一郎「えぇ、私があなたと結婚して3年間の間で作り上げました」
香織「3年!?」
一郎「安全という訳ではありません。最悪数日しか生きられないかもしれない。でももし、本土に行けるなら、運が良ければ終戦を迎えるまで持ち堪えることが出来るかもしれない」
香織「一郎さん…」
一郎「お願いです。香織、一日でも長く生きて……」
              
  香織、一郎の手を握る
              
香織「えぇ、必ず本土に行ってみせます」

     
○ 1年後・一郎の家 夕
              
  軍服姿の一郎(16)が家に帰ってくる。翔子(3)、わらびの入ったカゴを持ちなら一郎に駆け寄る 
 
翔子「お父様ーおかえりなさい」

  香織(16)、いの間から小走りで走ってくる
              
香織「あなた。おかえりなさい。今日は早かったんですね……」
              
  香織、前掛けで手をふき、一郎を見る。一郎、静かに笑っていた。
     
一郎「今晩が最後だ」
     
香織、首を横に振りながら走って近寄る。
              
香織「赤紙は届いてはいません!」
     
一郎、首を横に振り、香織の肩をもつ。

一郎「沖縄戦が、もうすぐ始まるのです。それに伴い、私達は明日から準備をせねばなりません」
香織「(驚きで言葉を詰まらせる)」
一郎「分かってくれますね…香織」

  一郎、悲しい笑み。香織、唇をかみしめうなずく

○一郎の家・庭 
     香織と一郎、縁側で寄り添い、小さな声で話し始めた。
一郎「月が綺麗だね」
香織「はい。とても」
一郎「こんなにも穏やかな夜は、久しぶりな気がするよ」
香織「いつもは翔子が起きているから、夜でも賑やかですものね」
一郎「あぁ。翔子は本当に昔の香織にそっくりだね、この子を見てるといつもあの頃のことを思い出すよ」
 
    近くに寝ている翔子を見て

香織「一郎さんの誕生日になったら、毎年年下扱いされて怒るところですか?」
一郎「ははっ、懐かしいなぁ。そんなこともあったね」
香織「ふふっ、本当に……」


 (間を置く)

香織「どーしてでしょうね…昨日まで一緒にいることが当たり前だったのに、覚悟もしていたんですよ?でもこーして、今その時が来て、悲しくてたまらないのです……」
一郎「香織……」
香織「…ねぇ、一郎さん。もしこの戦争が無くなったら、3人で静かな場所で暮らしたいです。争いのない、静かな場所で…」
一郎「…あぁ、その時は、私が香織の願いを沢山叶えるよ。どんな願いでも、絶対に君を満足させてみせる」

  一郎、優しい笑み。思わず涙する香織。香織、一郎の胸に中に顔を隠した。か細い声で話す。

香織「願いなど、とうに叶なっています。貴方と出会えたこと。結婚した事、そして今日までずっと一緒にいられた事……あなたは私に全てを叶えてくれました。叶う度に、私に沢山の幸せをくれました……もう私には、願いなどありません」

  一郎、香織を抱きしめて、小さく呟いた。

一郎「今宵くらい良いではないですか。強がらないで」
香織「行かないで一郎……!ずっと私と、翔子と3人で生きて」
一郎「出来ることなら、今すぐにでもしたいです…貴方を離したくない……!」
     
○一郎の家・玄関 朝(晴れた雨)

  一郎、軍服と荷物を持ち、香織が作った弁当を手に、玄関の前に立つ。
               
香織「行ってらっしゃい、お国のために……」
               
  一郎、言葉をかぶせて笑いかけた。
               
一郎「あぁ、君を絶対に守ってみせるよ」
香織「……はい」

   香織、涙に滲む笑顔で送る。一郎、振り返り歩み出す。
     
一郎「お元気で」
     
   扉がピタリと締まり、足音が遠くなっていく。
               
香織(すすり泣き)
               
   一郎との思い出が蘇る。涙をふきとびらに向かって勢いよく走り出す。玄関を勢いよくあけ、家の外の道を見る。太陽の光が誰もいない道を照らしつけている。
    
香織「あぁ……ぁ……あぁぁ!!(泣き叫ぶ)」

  泣き叫ぶ香織の声に気づき、一郎も涙が溢れ出てきた。
一郎「どーして…こんな……俺はただ、貴方とずっと……一緒に生きていたかっただけなのに……!」

   

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?