2099年の賽銭泥棒(3)

 諸事情により、どこかで見たようなキャラの鶴田や、存在意義が一切みられない蛇足の権化である神主を深淵に突き落とし、「私」のストーキング行為はもう少しつづく。「青いワンピースの彼女」をアウディに乗せ、夜の帳に消えた男は何者か。いまや私は嫉妬の塊と化していた。煩悩、妄想でしか触れることのできない人間がいる一方で、想像を絶する桃色遊戯をむしゃぶりつくす人間がいる現実に打ちひしがれる。憧れる。そして痺れる。慰めの糧とする。なんという敗北感。
 興味はただ一つ。何故、賽銭泥棒に挑み続けているのか。あまりに不信である。その行為は常に寸止めであり、何かに強制的に阻止されているようだ。いつものように神社の草葉の陰でスタンバイしていると、いつまで経っても姿を現さない。嫌な予感に居ても立っても居られず、彼女のマンションに駆ける私。しばらく塀の陰で待っていると、彼女が一人で出てきた。
 いつもの青いワンピースではなく、Tシャツにスウェットパンツというラフな格好。黄色のサンダルも爽やかに、どこかへ行くようだ。無論、後をつける。到着したのは近所のコンビニ、少し間をおいてから入店する。
 化粧品や飲料水、サンドイッチなどを手にする彼女の顔が目に入る。
痣だ。
 何事か。一瞬ににして想像が慌ただしく、私の脳内を駆け巡る。断定はできないが、あの男に暴力を振るわれているのではないか。そうだとして、この私に何ができるというのか。声のかけようがない。しかし、なんとしてでも自然なかたちで話かけ、探りをいれなくては。
「あなた、誰ですか。何か用ですか。それとも、ストーカーさんですか」
 あまりに鋭い不意打ちをくらい、暫し茫然としていると、彼女は続ける。
「何を見ていたかは知りませんが、貴方には関係のないことです」
「その顔の痣、何かあったのですか」
「それも、貴方に関係のないことです。では失礼します」
 彼女はそう言って、颯爽と会計を済ませ、去ってしまった。後を追うことが出来なかった。そうだ、私には何の関係もない。ストーカーの大きなお世話など、犬も喰わない。こんな気分の時は、蒙古タンメン中本に限る。
 
 主張の強い店主の写真パネルに反してこじゃれたモダンな店内。うまみに満ちた香りがたちこめ、しかと記憶している券売機のメニューの配置、やってきたのは味噌卵麺。トッピングは背脂、北極煮卵、麻婆単品。
 無論、味は無類である。半ライスを追加注文し、最後にスープへ投入。一気にかき込み、烏龍茶を流し込む。
「ご馳走様」の一言を添え中本を後にする。胃袋も心もいっぱいだが、ひっかかる棘が問いただしてくる。これまでもこうして、人とすれ違ってきた。
 最初の勇気が出ない為に、すべてが後手後手。それをあれやこれやと言い訳で包み、いらぬ優柔不断コレクションをしている人生。もう打つ手はないのだろうか、せめて彼女の無事を確認できればよいのだが。
 それについては2099年の賽銭泥棒(4)につづく。はずである。

 
 
 
 

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