見出し画像

アガベ

最初はエケベリアが可愛かったのだ。

多肉植物は初めちょっと怖かったが、「ロゼット」という用語を聞いてからエケベリアの寄せ植えが薔薇の花束のように見え始め、気づいたら販売会に通い詰め、ベランダはエケベリアだらけになっていた。

薔薇の花はすぐに朽ちるが、エケベリアのロゼットは薔薇の姿を保ち続ける。抜き苗で放っておいても丈夫だし、水やりはサボり放題。よく殖えるし、育った苗での寄せ植えも楽しい。コスパは最高だ。夏の直射日光は避ける必要があるが、春には花芽もあがるし、秋からは紅葉するし、冬の耐寒性もかなり高い。日本の温帯のベランダは好ましい環境だと思える。


別れの瞬間は突然訪れる。きっかけは台風だ。春過ぎて、秋冬の一年草が終わったら、台風対策に向けてベランダの鉢数を減らすことを考え始めなければならない。ベランダーとしては台風がきたら立ち行かなくなることは最初からわかっていた。しかし、わかりきった事実に蓋をしながら楽しい部分だけを見て過ごしてきた結果、すでにベランダ以上に鉢が増え始めた室内には、ベランダ勢を避難させる場所はない。それに、エケベリアを室内で育てると、自然光・自然風の不足で徒長し、エケベリアを育てている主な理由である薔薇の花束感がなくなってしまう。

さらに、エケベリアは暖かくなるにつれて赤やピンクの紅葉がさめて、緑色が戻ってくる。水分量もアロエのような質感を取り戻したエケベリアは、春の訪れと同時に多肉植物を草花と夢見ていた飼い主の錯覚もさました。気温が上がると色彩を失い、エケベリアを育てている主な理由である薔薇の花束感がなくなってしまう。

そこで苦肉の選択と格付けの結果、いや、実際は春から心は決まっていたのであるが、飽きた際のルートとしている鉢植え→寄せ植え→水耕栽培→切り花のコースをエケベリアには辿ってもらうことになった。抜き苗で保管しておいてもいいのだが、あまりの多さにそれも実行不可能だ。それに何度も繰り返すが室内保管では薔薇のロゼットではなくなるのだ。どんなに手をかけた苗だとしても、これは特別な薔薇ではないと星の王子さまも言ってくれるだろう。

離れて恋しくなることもあるが、今のところエケベリアにその感情は湧かない。遠方まで通った販売店に偶然出会しても、全く心惹かれることはなくなった。

別のロゼット、アガベがいるからだ。

痛そうなトゲトゲのせいでアガベは初めはちょっと怖かったが、あるとき斑入りの小さな苗に出会って、薔薇のロゼットのように見え始めた。それでいてひとつの存在感がエケベリアよりも骨太で、アロエ感がない(怪我を治すどころか怪我をさせられそうである)。エケベリアよりも夏越しが容易で、春夏秋冬同じ場所で同じように育てることができ、耐暑・耐寒ともにかなり適応力が高めである。また、エケベリアほど繁殖が容易ではないため、ベランダがアガベだらけになることもない。

一方で、ベランダにいてもらうのはかわいそうな植物でもある。地植えでこそ本来の迫力を発揮するのは明らかだからだ。これまでに見た最も立派なアガべは、校旗掲揚を彷彿とさせる高さの花芽をあげていた(実際に学校だった)。胡蝶蘭の拡大版のようなその花芽と蕾をみて、別名リュウゼツランという呼び名が腑に落ちた。アガベは花が咲くまで30年ほどかかるらしい。咲いたら最期リュウゼツランはその生命を終える。

ベランダではどうか巨大化しないで、ゆっくりとともに過ごしてほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?