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年寄りの方が若い人たちの何倍も努力しないとダメ

こんにちは南仙台の父です。
私もすでに還暦を超えてしっかりとジジイになってしまいました。
会社でいえば定年・役職を外れる歳になっています。
(実際にこうなっています。)
最近は会社一筋・仕事一筋できた人たちが定年・役職定年を迎えて苦悩し
ているという話を聞きます。
また、少子高齢化で定年後も働くことが義務に近い形で科せられ、第一線
から外れた形で仕事を続けることに不安を感じたり、焦燥感を感じる人も
多いみたいです。
私は会社一筋でも、仕事一筋ともまったく無縁ですが、定年になっても一
応会社の仕事もしているし、自分の事業もやってるし、趣味とかも含めて
色々とやるべきことがあるので、こうした感覚からは遠い世界に暮しては
います。
ただ、年を取ったこともあって若い頃とは違って新しいことをやるにして
も時間がかかったり、体力・知力・気力が下がった中では難しいところも
あって、そんな中で世の中はどんどん進んでデジタル化の波だけでなく、
あらゆる分野で進化が続いています。
そんな中を適応できるように生きなければならないため、実際には若い頃
よりもエネルギーは余計に必要な感じになっています。
実際に生き延びるためには若い人たちの何倍もの努力をしないとダメなの
が実態だと感じます。
今回はそういった話をしてみたいと思います。

私はサラリーマンをやっていた中で、出世や名誉や権力といったところと
無縁な感じで過ごしていました。
もちろん、大手企業で仕事してた時代もあるので、そうした会社世界の波
の中では生活をしてきました。
でも、出世や名誉や権力といったものが目標とはしなかったので、早々に
そういった世界から自ら離れて、今は自分がやりたいこと・なりたい姿を
追い求めています。
定年や役職を外れたことでこれに集中できる環境ができたことは非常にあ
りがたいことでもありました。
病気になったりもしたので、年寄り界隈でもより一層の努力を要すること
になってしまったので、実際には何倍ではなく何十倍もの努力を要する状
態かもしれません。
この年になっても世の中はどんどん進んでいくので、勉強しなければなら
ないこと、理解しようと努力しなければならないこと、できるようになら
なければいけないことが山ほどあって、それを日々生き抜く手段としてや
らざるを得ないといった状態です。
ただ、若い時から中年期までの間も勉強なり、理解なり、できるようにす
るなりの努力はしてきました。
大手企業の管理職でもお遣いに走ったり、コピーも自分で取ったり、PCの
調子が悪ければ自分でトラブルシューティングもしたし、自分で何とかす
る習慣だけはずっと積んできました。
自分に負けるのが本当にイヤなので、こうしたこともずっとやってきまし
たが、中小企業でもこうした経験は活きたし、今の個人事業メインの生活
でもしっかりと役立っています。
人間は一度楽をしたり、手を抜く感覚を覚えてしまうと、二度と苦労をす
るルーチンはできなくなります。
それを知っていたから、周りからとやかく言われてもずっとこれを続けて
きました。
なので、今でもこのルーチンによって新たな勉強や理解やできるも可能と
しています。 いずれ弱っていくことは仕方ありませんが・・・。

色々なところで話を聞く中でよく出てくるのが、管理職として定年を迎え
て、会社に残る決断をして役職から外れて仕事をする中で様々な葛藤で気
持ちが弱ってしまうという話です。
ネットでも色々と出ていますし、実際に周りでも色々と話を聞いたり、悩
む人を見たりすることがあるので、特に大手企業で役職定年を迎えた人の
苦悩は大変に感じることが多いです。
実際に今まで色々な権限が与えられて、部下が大勢いる中で肩書で仕事を
してきた人が身包み剥がされてしまうわけで、そりゃどうやって生きてい
けばいいかわかる訳なんてありません。
仮にどんなに出世しようが、それが会社であれ役所であれ、その限られた
環境内での話に過ぎません。
仮に超大手企業の部長だったとしても、役職を外れてしまえばタダのおっ
さん・ジジイに過ぎません。(女性の場合も同じですが・・・。)
最近はだいぶ減った感じもありますが、元〇〇株式会社営業部長とか、元
△△株式会社総務部長とかの名刺を作って配っちゃう人とか、俺は〇〇の
部長だったから、△△の部長よりも格が上だとかってマウントするおっさ
ん・ジジイも多くて、カードゲームじゃないんだからそんなの関係ねーだ
ろって突っ込まれるのがオチでしょう。
私も何人かそういう方に会ったことがありますけど、こういう方々は今の
自分の状況云々ではなく、自分と人との相対評価でしか価値を値踏みでき
ないので、そういう方向で頑張っちゃうという面もあります。
おそらく、小学校から大学までの学校や成績の評価、会社や役所に入って
からの評価や格式とか、そういったもので自分より上か下かでしか考えら
れないロジックになっちゃってるのかもしれません。
特に大手企業だと学閥があったり、常に評価で勝負が決まる文化も強かっ
たりするので、致し方ないのかもしれません。

もうジジイの領域になっても俺は▢▢大学だから俺の方がエライなんて言
ってる人もいますので、未だに昔の偏差値で上下を査定しているのかもし
れません。
中には今も勉強されていて、素晴らしい方も居たりするので、全てを一緒
に語るのは乱暴なんですけど、なんかこういった感じでの評価をしたがる
のが男の世界みたいですね。
丸腰のジジイなんだし、今さら会社は何もしてくれないんだから、いい加
減そんなの取っ払えばいいのに、それだけ権威や権限があった時にいい思
いをしたから抜け出せないのかもしれません。
人間って基本的に勝ち組・負け組なんてありませんから、その人がその人
基準で勝手に考えているだけなので、増してや赤の他人をその人基準で査
定するなんて意味ないはずですが・・・。

今もバンドとかやってると色々な世代の人や仕事の人も混ざってきますし
、場合によっては学生さんやかなり若い世代の人たちも混ざってます。
最近はギターソロ飛ばしっていうのが流行っていて、ひたすら歌が続き、
ギターもバッキングだけしっかりやるっていうのが主流になってます。
私はギターソロに興味あんまりなかったので、なんか時代の方が追い付い
てきた感じもあります。
そんな中で若い人と話していても色々と勉強になるものは多いし、刺激に
なることも色々とあります。
古いテクニックや技を今に合うよう取り入れたり、今まで考えもつかなか
ったようなことをやったり、昔からそうですけど若い人たちが色々と文化
を創って時代を変えてきているので、そういうのを見るとまあ大丈夫なの
かなとは感じます。
もちろん、調子に乗ってやり過ぎのところもあったりはしますけど、昔の
あんたはどうなのよって言われたらかなりヤバかったので返す言葉もあり
ません・・・。

仕事でも生活でも趣味でも何でも、まだまだ覚えなければいけないことは
本当に多いです。
今の時代はスマホだけ持って家を出れば大抵のことはできるし、できない
ことの方が少ないかもしれません。
これはPCやネットの世界でもそうですけど、どんどん進化して昔じゃ考え
られないようなことができるようになってます。
もっとこれから進化していくんでしょうが、それにどこまで追従できるの
かが年寄りの課題でしょう。
たまに80代でも若々しい人とか居ますけど、こういう人って何がしかの目
標や目的を持って生きていたりします。
その目標や目的が人と比べることではなく、より強い自分・より成長した
自分であることがその特徴かもしれません。
バージョンアップした自分・・・、そういうことかもしれません。
別に長生きしたい訳じゃありませんが、死ぬまで努力を続けないと単なる
クソジジイで終わっちゃうだけで、過去にしがみついた残念なジジイとし
て余生を暮らすしかありません。
どうせ死ぬんだから何でもいいですけど、それだったら人からの評価じゃ
なくて自分の目標を突き詰めて極めて死んじゃう方が私はいいです。
別にカッコいいわけでもなく、素敵なわけでもありません。
自分のため、最後の最後まで手を抜かない人生が一番楽しいと思うし、そ
れは人から評価・賞賛・褒められるためでもありません。
単に自分のための努力だと思います。
だから、年寄りの方が若い人よりも努力していかないといけないんだと思
います。

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