『ミュータンス・ミュータント』百景episode6…「老田のあくま」
1999年5月末。京都、貴船。
馴染みの料亭で季節の川床料理に舌鼓を打ちながら、老田は妻の加奈子と語らっていた。
頭上には青もみじが一面を覆い、初夏の日差しを浴びて爽やかな新緑の風情を醸し出している。手を伸ばせば届く距離にある川の流れは、キラキラと輝きながら静かなせせらぎを奏でている。
「学生時代、米国のボストン美術館に行った時に…」
老田は、その時出会った不思議な絵画について語り始めた。
「その絵画は白と黒のわずか2色だけで描かれていて、いわゆるモノトーンだった。とは言っても、色の濃淡はあるから、厳密には灰色も含んでいたがな。シンプルな中に、特別な興味を覚えた俺は何が描かれているのだろう、と思って近寄ってみると、ひたすら白地にびっしり描かれた黒の点だった」
「えっと…黒色の点がたくさん集まって何かが描かれていたってこと?」
「そうだ。ただ、その絵は、むちゃくちゃでかいんだよ。とにかく、近くにいる限りは何が描かれているのかは、想像もできない。よく見ると、ほぼ同じ大きさに描かれた黒色の点だったが、その集まりは均一に描かれているわけじゃなく、密集した所もあれば、逆にまばらで疎な所もある。だから、何か具体的なものを描いていることが分ったから、徐々に絵から離れて遠くへ歩いていったんだ。そして、ようやく絵画の全貌を見ることができた」
「で、何が描かれていたの?」
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