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変化する時代と、質と価値。

いつからだろう。
YouTuberが、タレントと同じようにテレビに出演することに違和感を覚えなくなったのは。

いつからだろう。
わたしが、TikToker・インフルエンサーという集合体に対して嫌悪感を覚え始めたのは。


朝井リョウの小説『スター』。
この小説は、ある2人の大学生が映画を共同製作し、由緒ある賞を受賞するところから物語が始まる。
しかし、2人は卒業後、対象的な道を歩む。

映画好きの祖父の影響で、小さい頃から世界中の名画に触れた尚吾は、有名映画監督への弟子入りする。
一方、美しい景色に囲まれた島で育ち、カメラを片手に幼少期を過ごした紘は、YouTuberの撮影や編集を担う裏方を選ぶ。

そして、先に世間の注目を浴びたのは、紘だった。
YouTubeという無料で誰でも視聴可能なプラットフォームの性質上、低品質の動画であっても視聴者が集まりやすい。
そこで、紘の作品が多くの視聴者から評価を得て、SNSで大バズリする。

紘の活躍をSNS上で見つけた尚吾は、紘への嫌悪感をあらわにする。
「厳しい選考を経て高品質で伝統ある環境に辿り着いた自分が足踏みをしていて、野良から飛び出した紘のほうが先に世の注目を浴びている現実を受け入れられない。」

TikTokerやインフルエンサーなど、新しく生まれたものへの嫌悪感が大きいわたしにとって、尚吾の気持ちには心から共感できた。
紘のことを、自分のように茨の道を歩むことを選ばず、簡単に注目を浴びている「ずるくて小賢しい人間」だとも思った。


しかし、『スター』を読了した現在、この気持ちにいくばくかの整理がついている。

作品の質や価値は、受信者や時代によって変わる。
休日に映画館まで行き、2時間の長編映画を楽しむことと、仕事帰りの電車で10分程度のYouTubeを楽しむことは全く異なるものだと思う。

そして、映画やYouTubeなどが世の中に浸透している理由は、一定数の人々の欲求を満たしているからである。
1人1人の欲求には大小や上下はない。

だから、そもそも異なる作品同士を比較し、評価することはできないのだ。


もちろん、新しい世界が現れることへの不安や嫌悪感はあるだろう。
そして、これからは目まぐるしい速さで新しい世界が現れる。この流れは変えられない。
しかし、その時に自分が選ぶ行動は変えられる。

新しい世界を批判する道ではなく、自分が選んだ世界に自信をもつ道。
自分の世界を守るために、他の世界を批判するのではなく、自分が選んだ世界の良い部分を探すことで、他の世界も称えられるように。


わたしが大切にしたい言葉。
尚吾の師匠である鐘ヶ江監督の言葉を最後に記す。

「私の言葉を信じるのではなくて、私の言葉をきっかけに始まった自分の時間を信じなさい。その時間で積み上げた感性を信じなさい。」






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