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送別

契約満了のため、居心地のよかった職場を退職することになりました。二〇〇一年の秋でした。

送別の記念品に、職場の方から帯締めをいただきました。薄香色(うすこういろ)の冠組(ゆるぎぐみ)の組紐で、フォーマルでもふだん使いにもできるという、便利な帯締めでした。絹の柔らかさと光沢を感じる素敵なもので、手に取ると、当時を思い出します。


新橋駅近くの古めのオフィスビルで、デスクワークをしていました。メール対応や、データ加工など、間違えてはいけない業務に常に緊張していました。

仕事の合間の楽しみは、お昼休みです。当時は、銀座や有楽町付近にある呉服店が職場の近くにありました。お目当てのお店の前を通り過ぎながら、展示されている着物をチラ見していました。呉服店は、なんとなく敷居が高くて、立ち止まることさえできません。鮮やかで上品な染め物や振袖などのほかに、その着物に合わせる帯も隣にあり、芸術品のように展示されています。散歩で目の保養をして、午後の仕事に戻るという日々でした。

その頃には週に一回、仕事が終わると着付け教室にも通っていました。ようやく、自分で着物を着ることができるようになり、充実した毎日を過ごしていました。

職場では、お互いが尊重しあう環境があり、お客さまへの気遣いがあり、敬意が払われていました。お客さま視点で仕事に取り組んでいる同僚からは、学ぶことばかりでした。


忙しい毎日でしたが、同僚が、私が着物好きなことを覚えていて、お店に相談して、送別の記念品に用意されたのが、あの帯締めでした。

その気持ちだけで嬉しくて忘れられない出来事でした。二十年以上経った今でも、優しい気持ちに包まれています。

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