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第113回 「授業の実践例紹介−「公共」への示唆となることを願って」

第113回は 短大で国際関係論の授業をされている先生に報告していただきました。学生時代はインターナショナルスクールで過ごされ、様々なルーツをもつ人とともに勉強したのが国際関係論や国際政治学の原点となっているそうです。授業ではベーシックな国際関係論の知識を教えて、なおかつどうやって考えていくのか、思考力を養うような授業設計をされています。「インストラクチャー」「ティーチャー」「レクチャー」と自分の役割を変えることを意識的しているとか。また、必ず3人のパーソナリティを登場させて劇っぽく進め、生徒の意識を惹きつける工夫をしているそうです。様々なパーソナリティの登場、いくつもの見方や切り口、世界観が学生をジレンマに陥れ、地球規模の課題を必死に考えることができているのだと興味深く聞かせていただきました。国際社会の課題を考える際に理論(軍事的勢力均衡を重視するリアリズム、協調を重視するリベラリズム、アイデンティティなどを重視するコンストラクティビズムなど)を必ず用いるという一見難しそうな課題も、具体的事例や身近な問題に置き換えてそこからスケールアップしていく方法でわかりやすく進められていました。「一番大事にしているのは最初の5分、ここで生徒の興味を惹くものを提供する」というのが印象的です。ペアワークやグループワークを毎回取り入れていますが、そこでも、想定する国家の地理的、経済的、文化的条件を明確に設定し、どのレベル(個人、国家、システム)で議論するのかはっきりさせることで、学生同士でも深めていくことができるのだと、大変参考になりました。
 戦争、テロ、環境、ジェンダーなど多くの課題を抱える現代の国際社会で、国連が機能不全に陥っているのではないかと言われることもあるけれど、それでも解決を目指して議論することを諦めない、という言葉に大いに刺激を受けました。未来の自分に手紙を書いて、未来を描くというアクティビティも興味深かったです。

ー 質疑応答 ー
・理論を学習して、それを実際に適用することを学生はできているのか。授業を踏まえて課題を出すと高校生は授業をしなくても考えられるような答えを出すことがあるが、どうか。→基本的に理論はかならず使うように指示している。理論を理解するのにかなり時間がかかり、ついていけない学生も出てくるが、教科書をベースにしているので、それを章ごとに読んで理解する。国際政治は理論と時論。ウクライナ情勢のような時事問題や新聞の一面になるような国際問題をリアリズム、リベラリズム、コンストラクティビズム、マルクス主義から考えたときに、世界的にはどういう立場があって、どの国がどの立場をとっていて、国家間の関係性が築かれているのかを考えさせている。
・必履修の公共の授業の中で高校生にこれだけは押さえておいてほしいと報告者の先生が考える分野は何か。→国際関係論を学ぶ大学生に押さえてほしい主張はある(ハンス・モーゲンソー、コヘイン、ナイなど)が、高校生に対して、先生方がどこまで理論をカバーしたいのかわからない。誰のどんな理論というよりは、どんな見方や考え方があるかというほうが良いかもしれない。
・報告者の先生が高校教師なら、国際関係のこれはやっておきないという時論があるのか。軍事的な安全保障、経済安保、食料安保、台湾有事、様々な国際関係を扱おうと思ったら時間が足りず、生徒もついてこれないが、何かヒントがあれば助言してほしい。→理論はいくつかをマストで学ぶように伝える。時論は新聞を学生と一緒に読み解く。特に、政治面や社会面を読むときにどの理論を使って読み解くか、というトレーニングをする。リアリズムは軍事的勢力均衡を重視するので、ウクライナ戦争ではどの国とどの国が均衡しているのか一緒に考える。しかし国家間の関係性は自分ごとになりにくいので、「隣の家から怒鳴り声と子どもの泣き声が聞こえる。どうやら虐待が起きているらしい。」という例を出す。誰をどのように何の脅威から守るのか、あなたなら助けを出す(同盟国となって隣国の有事にかかわる)か?隣の家の問題として干渉しない(内政不干渉)か。自分の身近なことに捉えてもらって、それを国家レベルにスケールアップして、想像を膨らませられるようにする。
・国際関係論はどういう学生が履修するのか。模擬国連によって学生にどういう力が身についたのか。→国際関係論は選択必修。英語科の学生なので国際問題に興味がある生徒が多く、2人に1人が履修しているのではないか。模擬国連は、あるテーマに沿って、選択した国の立場から他国に賛同してもらえる政策(他のグループが選んだ国が先進国か途上国化など情勢を踏まえる)を考え、スピーチするというもの。ジェンダーがテーマの場合はどの国にも当てはまるジェンダー政策を考えてアピールする。リサーチ力やユニバーサルな視点が必要となるアクティビティではないかと考えている。

ー 以下議論(自分はこんなふうに国際関係論を学んできたけれどこれでいいのか、自由に議論) ー
・高校生がグループワークをすると、盛り上がらないグループがあったり、自分の考えを表現できない生徒がいる。報告者の先生の授業では、特に指示しなくてもグループを作って進めることができている。設定がしっかりしていること、最初の5分を大切にし、興味を惹きつける工夫をしていること、ジレンマに陥るような話題が提供できていることなど様々な工夫があった。
学力が高い子ほど意外とリアリズムの考え方、だからこそリベラリズムを強調したいという話題が興味深かった。
・この授業を受けている短大生はレベルが高い。『三酔人経綸問答』の授業方法を具体的に聞きたい。公共の授業で活用可能か。理論が必要かどうかの話にもなった。高校生の公共の授業は時論のほうが大事ではないか。難しい理論ではなくて社会が国際情勢を捉える視点みたいなものはあった方がいいとも思うが。理論を学ぶにしても「この人は押さえておきたい」と考える根拠も教えてほしい。→『三酔人経綸問答』のように3つの立場を想定しているのは2つの立場だと分断するから。世界はほとんどグレーのグラデーションで決まっていく。自分がそのグラデーションのどの立ち位置なのかをまず知って、どうしてそこにいるのかを自らに問いかけ、自分のスタンスを明確にするよう言っている。世界で読まれているスタンダードな教科書に出てくる理論を前提として国際関係論は回っている。押さえておきたい理論の根拠。時論が重視するのは歴史と地域研究。歴史と地理を中心に学ぶ高校生には時論のほうが大事という意見には賛成する。
・学生に思考させようとする様々なアプローチに報告者の先生のこだわりを感じる。我々が研究していることは大学でもある程度活かせるのではないか。「こういう場合はどうする?」という問いかけが多かったが、「なぜ?」という問いのほうが良いのではないか。などの意見があった。→「どうする」のあとは必ず「なぜその判断をしたのか」を聞く。さらに「どのようにして今の状態になったのか」も大事にしている。
・やっぱり学問は面白い。報告者の先生は国際関係論という学問で、国際関係や国際社会の様々な考え方を導こうとされている。事例やニュースソース、新聞、論文などをどう読むのか、自分で習得しなければならないのは高校生も同じ。そこに先生のテクニックと+αがいきてきて、学びの面白さと難しさがあると思う。

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