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株主優待について考える

ラジオ日経のマーケットプレスに出演させていただきました。番組終了後、岸田さんとの雑談で株主優待が話題になりました。アクティビストから攻撃される企業が増えている事もあり、個人株主を増やすために株主優待を新設する会社が増えている事や、サイゼリヤが株主優待を止めて配当を増やしたところ株価が急落したこと、株主優待があるイオンと、優待がないセブンアンドアイでバリュエーションが大きく異なることなどです。
 
実は、株主優待は個人投資家の中でとても人気のある制度であるにもかかわらず、証券アナリストもレポートに書くことはなく、企業も機関投資家との間で議論する事はほとんどありません。四季報を見ると一覧もありますし、「みんかぶ」などのサイトでは株式指標と同時に優待利回りなども出ていますが優待が株価形成にどの様な影響を与えているのかについての議論はこれまでほとんどありませんでした。(航空会社やイオン・マクドナルドなどの株価は通常のバリュエーションでは測り難いので、優待をどの様に考えるか社内で議論したことはありますが、適正株価を算出するにあたって、とても織り込み難いもので、バリュエーションにこだわる投資家泣かせの株主還元でした)
 
これは「アナリスト・レポート作成の際の留意事項」において特定企業の製品の推奨や景品について述べることに対して注意されている事が背景にあるという説もあるようですが、いずれにしても株主優待に関して具体的に分析した証券会社のレポートや学術的な論文は非常に限られていたと思います。
 
機関投資家にとっては、株主優待は主に個人投資家に与えられるため、不公平であるという見方があり、特に海外投資家は、株主優待は合理的でない株価形成を誘発する要因と見ています。そのため、多くの機関投資家は株主優待に対して否定的です。
 

<株主平等の原則から見た株主優待>
会社法 109 条 1 項3において「株主平等の原則」が規定されている上に、2015 年から適用が開始された CG コードでも、基本原則 1に「上場会社は、株主の実質的な平等性を確保すべき」と明記されている。
この株主間の「平等」 性について、優待は会社法上、現在幅広く行われており、内容が軽微なものであれば許容されるなど、一定の範囲でこれを認めるとする見解が有力ではある。いくつかの面で課題を抱えているとの指摘もある。
1.機関投資家や外国人株主など、株主優待のメリットの享受が難しい株主が存在する
2.株主優待を受ける権利が厳密に持株数に比例しているわけではない。
例えば、一定数未満の株式しか保有していない株主は、優待を受けられな
いことが多い一方で、ある水準以上の株式を保有する株主であれば、その多寡によらず一定の優待内容となることも多い。つまり、「優待の権利を得ることができる程度の株式を保有する小口株主」が最も恩恵を受けやすい

ところが、最近、「株主ケア」という本でデービッド・スノーディ氏が株主優待に関する分析を行っていました。(この本は柳モデルで有名な柳良平先生が刊行に寄せてという形で説明もされています)

その分析によると、株主優待はプライム・スタンダード・グロースなどの市場区分に関わらず、顕著に株主数を拡大し、 ボラティリティを低下させる効果を持っているようです。また、プライムとスタンダードにおいてはPERも押し上げられています
 
ボラティリティを低下させることは割引率の低下につながるため、PERが押し上げられるのは当然かもしれません。ただ、この様にクリアに株主優待の効果が出ている事をデータで確認するのは私は初めてでした。

<株主優待とボラティリティ>
今回改めて株主優待について調べてみた所、先行研究がない訳ではなく、単に私の知識不足であることも分かりました。

Ohlson/Penman〔1985〕では株主優待を導入することで株価が不安定になるとの指摘しています。これは、株主優待は個人投資家の増加をもたらすイベントであり、個人投資家の株式市場参入は株価変動を増幅させる,という指摘です。

関戸/枇々木〔2011〕は企業の株主優待の権利発生日に,現物株式を買う一方,同株数を信用取引で売るというクロス取引の影響を分析しています。

一方,株主優待は株価を安定化させるという先行研究もあります。柏田〔2012〕は,個人株主が多い株主優待を導入している企業で,翌期の株式ボラティリティが低下することを示している。株主優待により「ファン株主」が増加すれば,多少の業績変動でも株式が売買されにくくなり,その結果株価のボラティリティが低下すると解釈しています。

この手の分析は、分析をする期間によっても結論が異なりますし、厳密には優待の仕組みによっても結論は変わってくるはずです。

もちろん、この様な効果を維持するためには、優待を毎年計上する必要がありますが、配当性向など利益で変動する可能性のあるものに比べて、安定して確保できるものとして個人投資家からするとありがたいものなのかもしれません。
 
また、企業にとっては優待費用は税控除の対象となりますが、配当は税引費用です。さらに、自社商品を用いた優待では、それを利用する時には、単独で使うだけではなく、同時に当該企業の商品を買う場合などもあり、企業にとっては費用対効果が大きい株主還元と言えるかもしれません。
 
つまり、株主優待はその恩恵が個人投資家に偏るという意味で、「不公平」であるというイデオロギー的な問題はありますが、それによるリスク特性の変化や当該企業の商品購入といった副次効果もあり、機関投資家も得られる恩恵は不公平な部分よりも大きいのかもしれません。

2022年9月の日経新聞に「株主優待、3年で50社減」という記事がありました。

これを読むと、優待の廃止と同時に企業は株主還元を強化している場合が多いようです。この記事では優待廃止前と廃止後の短い期間を評価していますが、一時的に優待廃止による株価下落を株主還元でカバーしたとしても、ボラティリティの拡大を抑えることは困難であると考えられます(株価下落時に優待目的で買いを入れる個人投資家がいなくなるため)。

<株主優待を廃止することによる影響>
大和総研の瀬戸氏と森氏が2023年1月に株主優待廃止による株価下押し圧力の推計をまとめています。これは2017 年 10 月~2022 年 9 月に「上場廃止」と「経営不振のため」以外の理由で優待を廃止した企業を抽出してその影響を分析されています。

株主優待廃止時の株価パフォーマンスを分析したところ、優待廃止公表翌日のリターンは、優待廃止公表がなかったと仮定した場合のリターンに比べて、平均的に 5~6%pt 程度低下するとの推計結果が得られました。また、この分析からは、優待廃止と同時に増配を公表した企業ではリターンの低下幅は小さく2~3%pt程度の低下となっており、ある程度影響を抑えることが得出来ている事が分かります。

詳しくは「近年の株主優待の実施動向と、廃止による株価下押し圧力の推計」を参照ください。

ちなみに、スノーディ氏の分析によると、優待を行っている1469社の年間優待費用の合計は4000億円以下だそうです。これは、企業が配当や自社株買いに使っている費用からすると、そのコストは、ほぼゼロと言ってもよい数字です。
 
「株主平等の原則」は当然理解できますが、株主優待による不平等さは全株主に掛かるコストとしては明らかに小さく、その効果は大きいといえそうです。機関投資家は株主優待は株主平等の原則に反する悪いものという固定観念を捨てて、もう一度その効果を考え直すべきなのではないでしょうか?
 
*30年以上機関投資家として日本株を運用していますが、株主優待に関しては、これまで真剣に考えたことがありませんでした。読者の皆さんのご意見を是非聞かせてください!

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