紙【秋ピリカグランプリ2024】
「そういえば、安西さん。近藤さんはどうですか?」
「そうね、いい子なんだけどね…」
喫煙室で話しかけている原田は中堅の印刷会社に入社して18年が経ち、今年度から総務課の課長を拝命していた。安西は来年の3月で定年退職を迎える。後任として、派遣会社から近藤がやってきた。
「なんで派遣なんですかね」
「コストダウンの一環でしょ」
「安西さんみたいな社員が総務にいるから会社が円滑にまわっているのに」
「ありがとう。褒めてくれるのは原田くんだけよ」
安西はメンソールの灰を落としながらニッコリと笑った。派遣会社からやってきた近藤は愛嬌があってかわいいと社内で評判になっていた。しかし、業務になると抜けていることが多かった。
「裏紙の話って本当っすか?」
「ほんとよ」
印刷会社なのに社内では紙の節約を徹底している。不要になった紙はバツを書いて裏紙として再利用している。先日、誤って印刷してしまった大量の紙にバツを書くよう近藤に指示したところ、大きなバツを書いた紙をコピー機のスリットガラスに置いて、裏紙にバツをコピーしていた。
「1枚印刷するのに経費が1円かかってるの知らないんですかね」
「節約になってないわよね」
「それはそうと、安西さんは定年退職したあと、なにするんですか?」
「実はね、知り合いの会社で正社員として働くの」
「正社員で雇ってくれるんですか。そこの会社、見る目がありますね」
「うちの会社だと再雇用で給料が下がっちゃうからね」
「もつべきものは良き知り合いですね」
「そうよ。季節の贈り物に熨斗をつけて欠かさず贈っていたのよ」
「あっ!取引先へのお歳暮の発注がまだだった」
「課長。しっかりしてください」
原田は小走りで喫煙室を出ていった。
…
「近藤さん、よく入手できましたね」
「あの会社。セキュリティがザルなんですよ」
…
「近藤さん、やめちゃいましたね」
「いい子だったけどね…」
「また後任を探さなきゃですね」
「それはそうと、いつから知ってたの?」
「おっと。さすが、地獄耳」
「うまく利用したみたいじゃない」
以前、原田は近藤がシュレッダー機の前でソワソワしているのが気になっていた。念のため上司に報告したところ、どうやら産業スパイとして潜入している可能性があり、マークしていたとのことだった。会社で開発した画期的な印刷技術の情報を盗み出すのが目的らしい。
「それでニセ情報の資料をシュレッダー機の近くにわざと置いておいたんです」
「それをまんまと持っていかせたのね」
「それにしても、こんな近くに産業スパイがいたなんて紙一重ですね」
「その言葉の使い方であってるの?まあ、しらんけど。原田くんのお手柄ね」
「それほどでも」
「そろそろ仕事に戻りましょ」
「そうですね」
「それ、処分する上期の業績資料でしょ。ついでだからシュレッダーにかけとくわよ」
「あざっす」
「じゃあ、先に行ってるわね」
安西は資料を持って喫煙室を出ていった。
「ほんと、紙一重よね」
(1,200文字)
初めてピリカグランプリに参加させていただきました。
運営の皆さま、楽しい企画をありがとうございます。
今回のテーマは『紙』でした。
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