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ただ歩く【#シロクマ文芸部】【読書メモ】#21

ただ歩くだけなのに、なんて特別なことだったんだろう。


「コロナ渦で唯一よかったことなのにな」
「ほんと」
「でも伝統だからね」
「そのまま『歩行祭』がなくなっちゃえばよかったのになぁ」

『歩行祭』とは80キロを夜通し歩く高校の伝統行事であった。コロナ渦の影響で中止になっていたが、今年は4年振りに再開することになっていた。

「なんで夜中に80キロも歩かなきゃいけないんだ」
「伝統もいいけど、時代遅れだよな」

前半は団体歩行で列を組んで歩いていき、途中、学校の体育館で仮眠をとる。後半からは自由歩行で仲の良いもの同士で歩いていく。

「大学に行ったらなにしたい?」
「バイトして金貯めて世界一周するぞ!」
「アメリカに行って、メジャーの大谷を見たいな」
「ヨーロッパに行って、サッカーを見まくるのもいいな」

「ねえ、知ってる?」
「もちろん」
「5つの交差点を信号待ちしないで渡れたら願いが叶うんだよね」
「それができたら、告白しようと思うんだ」

東の空からだんだんと濃紺から白くなってきた。

「…」
「…」
「夜明けだな…」
「もうすぐ、終わるんだな…」

(おわり)


みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。

夜のピクニック_恩田陸

今回のお題で真っ先に思いついたのが恩田陸さんの『夜のピクニック』でした。ただ歩くだけの物語ですが心に残る青春小説です。

『夜のピクニック』の紹介みたいになってしまいましたが、何でもない会話自体が青春そのものではないかと思いました。(本文は『夜のピクニック』をイメージしていますが内容は異なります)

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