オノマトペが見せてくれる

 しゃりしゃりしゃりしゃりしゃり。

 なにかの皮をナイフでむく音が聞こえてきた。

 むかれた皮が皿に積み上がり、つまようじで切り分けたその中身を突きさす音がした。

「あなた、リンゴがむけましたよ。口を開けてくださいな」

 妻の声が聞こえる。

 声のしたほうに顔を向けて口を開けた。ざらりとしていてみずみずしいものが舌の上にのる。

「あははっ、きみはうそつきだな。これはナシじゃないか?」

「正解。少しは退屈しのぎになったんじゃない」

「まあね。けど、ちっとも退屈じゃないよ。ぼくの耳がまわりにあるものを見せてくれているからね」

 ぼくは妻に言う。

「耳に意識を集中してみて」

 妻がまぶたを閉じる音が聞こえる。

 ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱた。

 子供たちがぶかぶかのスリッパを履いて、廊下を走っている音。

 ああ。転んでしまった。転んだ子供のほうにぶかぶかのスリッパの音が集まっていく。

「だいじょうぶ?」

「へいき?」

「うん。こんなのへっちゃらだよ」

 よかった。そうか、へっちゃらなんだね。

 ぽた。ぽた……ぽたた。

「どうしたんだい?」

 妻のほうからその音は聞こえてきた。

「いえ。目に埃が入っただけです」

「そう」

 ぼくは身体を動かしていた。

 その音をとめるため。きみに、ぼくの妻にそんなものは似合わないよと伝えるために。

 ぼくは妻の涙を指先で正確に拭きとった。

 妻は驚いた表情でぼくの顔を見つめている。

「ほらっ、へっちゃらだよ。だから泣かないでよ」

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