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一本、見送る

朝、電車が遅れている。
やっと来た列車は、ものすごく混んでいる。
以前の自分なら、無理にでも突入して、一反木綿のようになって(例えが古いな)出勤していた。

でも今は、一本見送るようになった。
次に来た列車は、ずいぶん空いている。

別に大人の余裕が出たわけではない。
どうでもよくなったのだ。
急いだからといって、それほど状況は変わらない。一反木綿で働く方が、よほどしんどい。

この列車に乗らないと、二度と来ない気がする。
若い頃はそんな風に思い詰めて、必死に飛び乗っていた。
でも、この列車に乗らなくても、いつかはまた、別の列車がくるものだ。

同様に、一度休んだら二度と仕事に行けなくなるような気がして、休めなかった。
それで、七年くらい、しんどかろうがなんだろうが、休まなかった。
若かったから、体力があったというのもあるけれど、それより強迫観念が強かった。

あるとき夜中に体調が悪くなって、救急車で運ばれた。
搬送中、私は翌日の会議のことを考えていた。病院のベッドの上で思った。
私は何に追われて、生きてきたんだろう。
これからの人生が、仮にまだあるとして。
これでいいのだろうか。

今日もまた、電車が遅れている。
一本、見送ろう。

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