私がコンバースだった頃



彼が深く煙草を吸う右手に浮いて出た血管を私は見逃さなかった。
動脈か静脈か分からないが私はその浮いて出た血管が彼の心臓近く生命線の方へ伸びているのを見た。
聡明な仕草をして眼光は鋭く二重瞼が少し
とぼけているようにも見えた。
彼は煙草を吸った後、金剛力士像の阿吽を思い出させる様なため息を私にやって見せた。

彼が煙草を吸わない事を私は知っている。
知っていながら煙草を吸わせている。
杉並三駅途中高架下
街灯達が笑うのでこっちも微笑んでやった。
それらを繰り返すうちに身支度を終えた私の心は
「高円寺のセイユーのエスカレーターは速度が遅すぎる。あと買い物しないのにトイレ使うやつ多すぎだろ。あとシーシャ吸うなよタバコの方が美味いって」と言った。

私は寂しく乏しいので放つ言葉はそれで充分だった。
私はその時コンバースのスニーカーだった。

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