黄泉路 −中−

− 来世の友 −
「ん? …何か話し声がして騒がしい…」栞は意識が戻りゆっくりと目を開けた。
 栞は記憶をたどり、川に流されたことは悪い夢で実は家のベッドで眠っていたと思いたかったが、目の前には大きな川が流れていて、茜色の大きな橋が架かっていた。
栞は立ち上がり、辺りの人にここがどこか訪ねようとしたが、皆、見慣れない格好をした人達ばかりで話し掛けられずにいると、「どうしたの?…」と後ろから女の子が声を掛けてきた。
栞が振り返ると、そこには同い歳くらいの話がしやすそうな女の子がいてホッとした。
その女の子は色白で、綺麗な顔立ちをしていて可愛らしい。
「ここはどこですか? …私、どうしてここにいるのか分からないの。 たしか川に流された莉央を助けようとして…」
「ふーん。私もよくは分からないけど…一人だったから心細くて…」と不安そうな女の子の顔に少し笑みが差した。
「ねぇ一緒に帰ろぅ。…どうすれば帰れるかなぁ。」と栞は女の子に詰め寄った。
「帰る? …帰るってどこに?」
「元にいた場所や家に決まってるじゃない。…」
「…あぁ、それならこの橋を渡って進めば元の場所に帰れると聞いたよ。」女の子は少し困った表情になったが、また少しの笑みを取り戻して言った。
「えっ…ホント! じゃあ一緒に行こう。 あぁ私、栞。七施栞。…栞って呼んで。よろしくね。」
「私は凛。白石凛…」
 二人はお互いのことを話ながらうす霧で先が見えない橋を渡り始めた。
「えっ、すごい。凜ちゃんドラマに出たことあるの?」
「ほんの少しだけの役だけどね…」
話を聞くと、凜は14歳で母親と2人都会で暮らしていて、演劇が好きで劇団に所属しているという。
栞はうす霧で先の見えない橋を渡るのが怖かったが、凛と話しながら歩いていると気が紛れた。
ちょうど橋の真ん中に差し掛かった時、突然2人の目の前に茜色の立派なお堂が現れた。
 2人が呆然と立ち尽くしていると、大きな門の扉が「ギギギー…」とゆっくり開き、「中に入るがよい!」と大きな声が聞こえた瞬間、体が勝手に門を通り、お堂に引き込まれた。
 お堂の中は真っ暗で2人は怖くなって手を握りあった。
 しばらくしてお堂の両端の蝋燭に火が灯り、その下に見慣れない着物と袴姿の男が2人座っていた。
「お前たちはなぜこの橋を渡るのだ?」いきなり大きな声がして、お堂の中央にも蝋燭の火が一気に灯ると、そこには得体の知れない化け物のような赤い肌の大男が現れた。
二人は呆気に取られ、普段は活発の栞も初めてみる大男に驚き、声を出すことができなかった。
「これっ、閻魔様の問いに答えよ!」と付き人が促す。
「あっ…も…もと…元の世界に帰るためです。…」と栞は勇気を出して答えた。
「そこの者も同じか!」と右手に持っていた笏(しゃく)で凜のほうを指した。
凜は下を向いて黙り込んでいる。閻魔様は左側にある鏡(浄玻璃鏡)に目をやると、これまでの凜の行いが映し出され、閻魔様はすべてを見通された。
「凜と申す者、なぜ嘘をついて隣の者を連れて黄泉の国へ渡ろうとしたのだ?」
「えっ、凜ちゃん どういうこと?」
「ごめんね栞。今まで気の置ける友達がいなくて、栞は良い友達になれそうだったから…」
「凜よ。お前は黄泉の国に行くことはできん。自ら命を絶ってしまった者は、まず賽の河原で45日間石を積み、親よりも先に旅立ったことを反省するのだ。その後は、人間道に生まれ変われぬ掟に沿って畜生道に行くがよい。」
 凛はSNSで誹謗中傷され、それを苦に自ら命を絶ってしまっていたのだった。
「閻魔様、待ってください。凛ちゃんには俳優になる夢があるんです。…」
「栞、もういいの。…」
「心無い仕打ち、さぞ辛かったであろうが、与えられた命を自ら絶ってしまった罪は重いぞ。…
…案ずるな。二度と人間道に生まれ変われぬ訳ではない。… 
一度、人間界から離れ、鳥になって自由に暮らしてみるが良い。… しかし凜よ。鳥の世界も弱肉強食の世界だ。決して甘くはないことは心しておくように。…さぁ、行くがよい!」。
凛の身体は青い光に包まれ、消えていく。
「栞、来世では友達になってね。それまでまたね。…」凛は屈託なく笑った。
「私こそよろしくね。…凛ちゃん。…ずっと忘れないから…」
凛は新たな道へと旅立っていった。

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