【考察】イルベルドの発言を考えてみた

黒原 敏行訳と言うだけで手が伸びる、ノー・カントリー・フォー・オールド・メン(以下「ノー・カントリー」)。以前は「血と暴力の国」というタイトルだった。映画化もされており、「ノーカントリー」というタイトルで、これも結構評判がいい。

この「ノー・カントリー」は一体どういう話なのか、はっきり言ってこれまでよく理解できていなかった。
別に文章がやたらと回りくどいとか、分かりにくいなんてことはない。むしろ削りに削った無駄なものが一切ない文章だ。本を読み進めていくと「作品中に書く情報量をここまでそぎ落としても理解できるのか」と衝撃を受ける。
無駄が削ぎ落されすぎて、展開がすごくスピーディーだ。ページをめくるたびにすさまじい勢いで物語が展開していく。登場人物が人が死んだことを見落とすくらい、淡々と物語は進む。(マジで見落とした。)
あと特徴的な文体のせいで、集中して読まないと誰の発言なのかが分かりにくい。

だが暇だとか、つまらないとか、思う間がない。
なのに、一体どういう話だったんだろう?とあまりピンと来ていなかった。ちょっとハイコンテクストすぎた。

ところがイルベルドを見ていたら、もしかしてこういう話かも?こういう話だったのかも?と思うことがあったので、忘れないうちにまとめておこうと思う。

イルベルドはシガーになりたい

殺し屋のシガーは、気分次第で平然と人を殺す殺人鬼だ。だが、投げたコインの裏表を当てた者は撃たない等の独特のルールを持っていた。

シガーはある日、ギャングから依頼を受ける。麻薬取引の現場から200万ドルが消えたのだ。200万ドルを持ち逃げしたのは、貧しい溶接工のモスだった。麻薬取引がこじれ全員が撃ち合って死んだ現場に、たまたま遭遇したモスは札束の詰まった鞄を見つけたのだ。だが、現場に車を残した為に、彼の身元はギャングにも警察にも知られてしまった……

「ノー・カントリー」は麻薬カルテルの金を横取りした男が、その金を取り返そうとする殺し屋に追われる話だ。すごく面白い。

金を取り返そうとする殺し屋シガーには非常に特徴的なふるまいを見せることがある。それが「コイントスをして、相手を殺すかどうか決める」というものだ。
だが読み直してみるとこの行為こそが、世界に対する反旗の翻し方なのだと思ったし、これこそがイルベルドが目指していたことなのだろうと思った。

イルベルドは「歴史の一部分になりたくないのではないか」論

と言うのもこの作品の中では何度も「どんなに善良な人間であっても、歴史の中に組み込まれれば残酷な行いもする」と言う話がされている。
主人公のモスはベトナム戦争帰りで仲間を見捨ててでも敵兵を殺していたが、アメリカに帰国してきた今は善良な市民となっている。

「戦時下は異常事態だからね、人を殺すのも仕方ないよね」という意見によって、モスの人生は国の残酷な一面に盗まれてしまっている。こう考えることで「国に盗まれる」のだ。
モスの人生はすでにアメリカという国の歴史の一部分となっていて、モスという人間個人の人生ではないのだ。
歴史によって、人間の人生は容易に踏みにじられ、個人個人のものではなくなっていく。

そのために残酷な行為を行った後戻ってきた人々は、その矛盾に苦しむ羽目になる。
対してシガーはそんな歴史に取り込まれる人生から逃れるために殺しを続けている…と考えることができる。

そこに世界からもたらされる「示唆」や「意味」(FF14的に言えばハイデリンの意思)はない。

読めば読むほど、私たちは世界の沈黙の深さを思い知らされる。

【全文掲載】コーマック・マッカーシーが教えてくれた「書くことの本質」──直木賞作家・佐藤究さん解説『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』

「世界は人間に何ひとつ語りかけてなどいない。意味を提供することも絶対にありえない。意味とは人間が勝手に見出すものでしかないんだ」と繰り返し言われ続けている。

人間は自分にはコントロールできないものに従い、その一部として生きるしかない。
それがコーマック・マッカーシーの見ている世界であり、それに抵抗する存在こそが殺し屋シガーであり、抵抗しようとあがいているのがイルベルドなのだ。

光の戦士ではない人々にとって、世界は深い沈黙を続けている(もちろん、現実世界の私たちにも)のだが、たとえ世界が沈黙していなかったとしてもコントロールできないものに従い生きていくしかできない。

イルベルドのいう「誰かの思惑」というのは、身近にいる政治的な人間だけではない。その外側にいるハイデリンのことも指している。

イルベルドはシガーになれるのか?

故郷を奪還したいと願う、俺たちの想いも、貴様の力も、
結局は誰かの思惑に組み込まれ、利用され……
自由に闘うことすら許されないッ! それでは救えない!
俺たちの祖国を救えんのだッ!
俺は必ずアラミゴを取り戻してみせる……
どんな手を使ってもな!

ラウバーン救出作戦 イルベルドのセリフより
(強調は引用者による)

ここでイルベルドは「エオルゼアの歴史に飲み込まれるのはごめんだ」とい言っているのだ。イルベルドがエオルゼアの歴史にもしも飲み込まれてしまえば、彼が妻や子供を失った悲劇も、彼自身が戦ってきたあらゆる彼個人の歴史がエオルゼア全体のものになってしまう。
彼自身の人生であったはずのものが、そうではなくなってしまう。
「貴方の妻や子供が亡くなったのは戦時下だから、仕方なかったことだ」と片付けられてしまうことを彼は何より恐れているのだ。


イルベルドが「俺たちの祖国を救えない」と言っているのは、イルベルドだけがエオルゼアの歴史に飲まれるわけではなく、同じ経験をした人々がその背後に存在している=彼らの持つ悲劇が歴史の一部になることが許せないということなのではないか、と思う。

だが、彼がシガーになれるかというとそれはまた別だ。
先ほど「コイントスをすることで、シガーはその人を生かすか殺すか決める」と書いた。それは彼自身が世界に反抗するために選んだ方法なのだと思う。
それは「普通の世界」(歴史の一部になってしまう世界)とは違うルールを持った世界の中で、彼が生きるために設定された行為なのだ。
しかしそれ以上に、彼は「コイントスで表れた結果は、そこに至るまでの道筋の結果でしかない」という発言もしている。

だからもしもイルベルドもシガーと同じようにしたいのなら、抵抗を始めるのが遅すぎたと思う。

俺がお前の人生に登場したときお前の人生は終わったんだ。それには始まりがあり中間があり終わりがある。今がその終わりだ。
もっと違ったふうになりえたということはできる。ほかの道筋をたどることもありえたと。
だがそんなことを言ってなんになる? 
これはほかの道じゃない。これはこの道だ。

「ノー・カントリー・フォー・オールド・メン」コーマック・マッカーシー 黒原敏行訳
早川書房 P332/太字は引用者

これはシガーが、もう一人の主人公であるモスの妻を殺す前に彼女に話す言葉だ。ここでいう「この道」とは、モスが殺され、そしてその妻が殺される運命のことを指している。

一体シガーは何が言いたいのか。それは「モスによってモスの妻が死ぬ道へ、お前は引きずり込まれたんだ」ということだと思う。
つまり、モスと妻が出会った時点で、彼女がシガーに殺されることは決まっていた。
この言葉をそのまま借りるなら、イルベルドの妻とその子供は、彼らが出会った瞬間から死ぬことが決まっていたということだ。

ではなぜ彼らは死ぬことになってしまったのか。
モスの場合は「中途半端な人生を送っていて、そこに他人だった妻を巻き込んだからだ」ということだと思う。
モスはシガーのように自分が世界に抗うための世界を構築するわけでも、既存の世界に抵抗することなく静かに生きていくことも選ばなかった。その中途半端な道を選んだことが彼や彼と関係を持った人を殺す。

ではイルベルドはそうだったのだろうか?彼の場合はモスのように中途半端だったと言えるかもしれない。
世界の中にすでに取り込まれており、妻や子供が死に、国を追われて初めて「自分が歴史の一部に取り込まれている」ことに気が付きそこから必死になって逃れようとしている。

ラウバーンはどちらかというと「自分が歴史の一部に取り込まれている」ことに自覚的ではあると思うが、悲観的ではない。
アラミゴへ執着しているイルベルドより、前を向いているラウバーンの方がアラミゴの奪還に近そうなのも皮肉っぽいなと思う。

破滅的エンディングを迎えそうなイルベルド

イルベルドを取り巻く話を色々考えてみた。
とはいえ彼の真意や今後どうするかはまだまだ不明。あのまま彼が引き下がるとは到底思えないし、冒険者に対抗してくるだろう。

考えられる道筋としては、蛮神を召喚してしまうことくらいだろうか。
今のところ、世界のルールに従う人たちの筆頭格である冒険者や、ガレマール帝国に対抗する方法はこれくらいしかない。

となれば、イルベルドは恐らくルールを打ち壊すためにも蛮神を召喚し、冒険者やガレマール帝国の人間、果てはアラミゴの同胞まで一緒に殺そうとしてしまうかもしれない。

こうした時に、彼は抵抗していたはずの世界の一部になり果てそうだよな、と思う。
彼が死んでしまった時「あのひとはかわいそうな人だったから仕方がない」などと言われれば、どんなに彼が抵抗したとしても世界のパーツの一つになり果ててしまう。残酷なガレマール帝国と、それに対抗したアラミゴの歴史のパーツでしかなくなってしまう。
そのことに彼は気が付いているんだろうか。多分気が付いてない。
そこに気が付かずに抵抗しているから、ちょっともにょ、とするんだよなあと思った。彼もまた自分が特別だと信じていたのかもしれない。

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