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いわきの干物

小名浜に数十年、店を構えている魚屋さんを訪れた。店に面した通りで、魚を干している女性がいた。一枚一枚、丁寧に返す手つきとまなざしに引き込まれた。寒風にさらされた鯛の身はふっくらとし、子持ちの本やなぎカレイはふくよかな淡い桃色を放っていた。

「常磐もの」とよばれる地元の魚は、いわきのアイデンティティの源だという。原発事故後、海も魚も土も作物も人も計り知れないダメージを受けた地元では、放射能汚染の測定が定着している。汚染されたから捨てる・離れる、のではなく、「あたりまえ」だった海や土に測定の数値をかぶせた「新たなあたりまえ」を生み出しているのだ。

「汚染水の海洋放出よりも地球温暖化が心配」という魚屋の若き三代目は、原発事故の先を見据えている。人間が安心して魚を食べるということだけでなく、魚の安心を考えている彼女の干物を返す手とまなざしは、人も魚も安心して生きられる地球に触れている。