頑張った人が怠けて自己嫌悪

大学の学生相談室に行ってきました

相談内容は、スマホ依存

何も無い日は1日中ずっと外にも出ずにyoutube,amazonvideoといんすた 
そんな日々があった

流石にこれではまずい、短絡的な快楽のみに飲み込まれている自分に嫌悪感を抱え、これまでそうであった自分に危機感を感じ相談しに行った次第である

結論から言うと、卒業して就職までの1.5か月を「やりたい」で埋め尽くしてみればどうだろうかというアドバイスであった

理由は簡単で、それはなぜスマホに「逃げていた」のかを考えればよかった。


例えば、時間があれば就職に備えて英語を勉強する、専門について勉強する、筋トレをするなど。
「忙しくて追い込まれているときにやりたかったこと」
を時間と余裕がある今はやりたくない事実であった

これは本当に心からやりたいことではなかった
なぜそれらを「やりたい」と思ったのか。
理由は2つらしい。

1つは、追い込まれて忙しい自分の現実逃避の材料。
2つは、将来の他人の評価からの悲観的欲求であった。

特に2つ目は重要である。
僕は修士、つまり大学院を卒業して就職する。そのため現場では学部卒より給料を高くもらうということはより即戦力でなければならない、それが求められていると考えていた。

そのため、使えない人間、仕事ができない人というレッテルを張られることに人一倍怖がっていた。

その人から嫌われたくない、社会から、人から「価値なし」と思われたくないという欲求から、できない自分に「なりたくない」という理由から勉強しなければという考えに至った。


でも実は、この「しなければ」からスタートしてしまうと、余裕がある今はそれに反発しようとして逆に抵抗しようとする。逃げようとする。
その逃げ先がスマホであって、簡単な快楽だった。

そしてこの問題の解決は思いのほか簡単かもしれない。
それは、「やりたいことをやる」

実は難しい。
本当にやりたいことをやろうとすると、案外思い浮かばないのだ。
特にこれまで真面目に頑張ってきた人にとっては。

だから本当に心から踊ることをやろうと話し合った。
僕が最初に言葉に出たのは、昼からお酒を飲むことだった。
その後は、友達とお酒を飲みながらそのお酒に合うつまみを作りながら飲むことだった。

本当にわくわくした。
日程はどうしよう、持ち寄ってやろうか、何が飲みたいか、予算は、食べるものは、場所は、ゲームを持っていくか、何を話すかなどなど。

本当にやりたいことは次々に湧き出てくるものなのだと実感した。


noteは僕のいまやりたいことらしい。
こうやってかいて誰かに読んでもらえることは、一つの嬉しさに繋がるみたいだ。

どうか、これを読んだ皆さんも本当にやりたいことは何かを一緒に考えてみませんか?

もったいないのは、罪悪感を感じながらその時間を過ごすことだと思います。
それが今回伝えたいことです。

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