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きなりな食卓を支える道具 ~包丁~


包丁との出逢い

わたしの手元にやってきてくれた最初の台所道具は、包丁でした。

「京の台所」と言われる錦小路にお店があるその包丁屋さんを知るキッカケは、日本食料理人の父を持つ友人から。友人が語る、彼の父親の仕事ぶりや包丁への憧れが、そのままわたしの憧れにもなり、「いつかこのお店の包丁を買うんだ!」と学生時代に決めたことを今でも鮮明に覚えています。

後に、400年以上もの間、途切れることなく、刀鍛冶の伝統と技術が受け継がれてきたことや、一生使ってもらうものを、という想いで職人さんが、1本1本手造りされていることを知り、わたしの台所道具の選び方、付き合い方にも繋がっていきます。
 

すっと心を透す包丁

自分で選んだ新しい道具が家にやってくるというのは、子供のように、どこかワクワクするものです。でも、そんなワクワクも、箱を開けるまで。中から出てきた工芸品のような鋭い刃、重量感、これまでにない切れ味を確かめると、どこか敬意にも似た緊張感が身体を走ります。

動作が自然とゆっくりと、呼吸もどういうわけか深くなる。包丁への姿勢は、そのまま食材にも伝わります。すっと心が透る感覚は、料理が上手くなったような錯覚に。主婦を料理人に仕立てるような・・・

もしかすると、これが400年もの伝統のなせる技なのかもしれません。そんな歴史にも支えられて、わたしの食卓は創られています。
 

包丁の先まで意識を伸ばす

慣れない重量感のある包丁を使い始めた頃に腕が疲れることが度々ありました。そんな折に、武道の先生からこんなお話が。

 刀を振るう時、刀と自分とを分離させず、
 刀の先までが自分だと一体化させて振る。

きっと包丁を使う時も同じだろうと、刃先にまで意識を伸ばして使ってみたところ、切れ味だけでなく、切る時の音まで変わりました。以降、そのように包丁を使うことで、切ることに疲れることが無くなりました。そして、料理がより楽しくなりました。
 

きなりに還る里帰り

包丁を扱う上で、わたしが大好きな行事があります。それが、包丁の里帰り。年に一度、海外に住んでいた時期であっても、里帰りと称して、職人さんに研ぎに戻していました。

里帰りから戻った包丁は、再び美しい輝きを放ちます。

包丁が、自分の生まれた処に戻ることで、取り戻す何か、があるのかもしれません。そして、最初にワクワクしたあの感覚と緊張感を、わたしに思い出させてくれます。

包丁の里帰りが好きなのは、わたしを、きなりに還してくれるからなのかもしれません。

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