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Netflixを解約するまで後22日〈浅草キッド〉

とうとうNetflixに堕ちてしまった哀れな人間による恥の多い備忘録である。せめて心までは堕ちぬよう抵抗していくために筆を取る。
Netflix、お前は「キャンセルや解約は簡単にできますのでお気軽にどうぞ!まっどうせそんなことできないでしょうけどね!こぉ〜んなに面白いコンテンツだらけの我がNetflixですから!」とのたまっているが、絶対に思い通りにはさせない。

『浅草キッド』

劇団ひとりがメガホンを取りビートたけしの半生とあの頃の浅草を描いた大作。一昨年この作品が発表された時、芸人界隈ではずっとこの話題で持ちきりだったこの作品を、ようやく、ようやく視聴。結果として大満足!

話としては元々ビートたけしの自叙伝があるので割愛するが、何よりも柳楽優弥の怪演が目を見張る。
たけしモノマネなんて星の数ほどあるもののこの演技は質が違う、「ビートたけし」そのものになるこの演技のおかげで『浅草キッド』は成り立っていると言っても過言ではない。

最近のモノマネ芸人の主流は「素の喋り」だ。
和田アキ子のMr.シャチホコや志村けんのレッツゴーよしまさのように、歌や芸事の部分ではなく普通のトーンで喋る時のモノマネをラーニングするこの芸は、面白いや感心を超えて不気味さすら覚える。
この作品の柳楽優弥もその域に達しているのが明らかで、照れ臭そうにはにかむ顔や客に凄む時の睨みなど、行動の端々に「ビートたけし」が乗り移っている。「まるで本人のようだ」という陳腐な言葉を使うのも忘れるほど、ビートたけしの物語として2時間視聴させられてしまうこの完成度は満足のため息をつかざるを得ない。
この演技監修を行なっているのが、かのビートたけしモノマネの第一人者・松村邦洋だ。全ての年代のビートたけしを表現できる彼ならばこの出来も納得である。

松村邦洋の逸話に、事故を起こして神経に異常をきたして上手く表情が作れなくなったビートたけしの顔面の引き攣りすらも完全にコピーして本人の前でモノマネをしたという肝が冷えるエピソードがある。
それを観たビートたけしは松村邦洋に「引き攣ってる筋肉の方向が逆だ」と笑いながらアドバイスしたらしい。
『浅草キッド』に師匠の深見の事故で半分ほどしかなくなっている手を見てたけしが「その指、腹減って食っちまったんですか?」とボケ、深見がそれに笑いながら乗っかっていくシーンがあるのだが、前述の松村邦洋とビートたけしの逸話に重なる部分はないだろうか。
松村邦洋がその話を知っていたかはこちらは知りようもないが、そんな異常なまでのたけしイズムを持つ彼が全て伝えたと言わしめる柳楽優弥の演技は怖いほどに見事であった。

今TVドラマで『だが、情熱はある』という作品が放映されているのだが、こちらはオードリー若林正恭と南海キャンディーズ山里亮太の著書を参考にして互いの半生を描いている。この2人を演じる髙橋海人と森本慎太郎も凄まじい。ジャニーズのアイドルにも関わらず、その端正な顔立ちを忘れてしまうほどの憑依っぷりは一体どう監修が入っているのか気になるところだ。

日本のTVの歴史はまだ100年にも満たない。それがお笑いとなれば尚更で、所謂第一世代と言われるレジェンドもまだご存命の方がいるように、他の芸事に比べれば若い分野とも言えてしまうだろう。だからこそ、その歴史を描く時のアクセルも当事者のベタ踏みができてしまう。
柳楽優弥の怪演から観える「ビートたけし」を追い続けてきた松村邦洋の歴史や、それを引き出す監督・劇団ひとりのたけしイズムが随所に現れているように感じた。これは大河ドラマでは再現できない、「ビートたけし」の全盛期を肌で感じて己の糧にしてきた人間によって作られた大ボリュームの同人誌と言えるかもしれない。

この『浅草キッド』や『だが、情熱はある』のヒットを受けるに、芸人が書いた著書からそのフォロワーが映像化していく流れがこれから続くのであれば、やはり自分が期待したいのは松本人志の『遺書』の再構築だ。
最近松本人志についていろいろな考察がされてる流れがあるが、松本人志のカリスマというのを自分なりに考えてみた結果辿り着いたのは、彼の漫才やコント、大喜利、トーク、松本人志を構築するお笑いに関する要素ではなく、『遺書』という化け物ブックが彼をカリスマたらしめているのではないかという説だ。これは例えではなく本当に「聖書」になっているのだと思う。
松本人志の笑いを伝承していく時に、例えばビジュアルバムが、ガキ使のトーク全集が、ごっつのコントが、と普及するものには枚挙に暇がないが、「俺も松本人志のように…!」と思わせてくれるのはやはり『遺書』だ。あれほどクラスのハズレ者を肯定してくれた存在はない。松本人志を表現する時に「お笑いの歴史は彼以前彼以後に分かれる」と表現されるが、お笑いの粗野が広がったという点では「『遺書』以前『遺書』以後」とも言えるかもしれない。

話が逸れてしまった。
というように、『浅草キッド』はビートたけしに対する異常なまでの敬愛と偏愛が生み出した怪作だ。きっといつか、これほどまでの強烈なフォロワーが『遺書』の映像化をしてくれるのを楽しみに待ちたいと思う。「素の松本人志」の監修にはJPというスターがちょうど生まれたわけだし。


Netflixを解約するまで後22日

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