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言葉にならない今を、言葉にするなら

言葉を、どんな時も、大切にして生きてきたような気がする。

仕事も、プライベートも関係なく、言葉を通して、その人自身と対話することが多い。そして、自分自身も自分の言葉によく救われている。

でも、ここ3ヶ月、noteに関して言えば1年以上、自分自身として「書く」ということにどうも億劫になっていた。

言葉にならない。いや。言葉として、安易に切り取るのが怖いくらい、大切な経験で溢れていたのが、ここ1年とちょっとだった。色んな感情を経験した。もう自分を言葉ひとつだけじゃ、切り取れなくなった。「書く」が私のライフワークの1つだからこそ、安易に言葉で表現していないか、極度に敏感になっていた気がする。

そして、もう一つ気づいたこと。私は、個人のエッセイを通して「理解してもらいたい」とか「元気になってもらいたい」とか、そんなことは、あまり考えてないのだ。なぜなら、私は、日々ぐちゃぐちゃとしている時の方が多いから。

だから、裸になりたいはずのこの場所で、ちょっとでも「前向きであろうとする」自分がいると違和感を感じ、少し書いてはやめ、書いてはやめ、を繰り返してきた。

あーだこーだ言いながら、今こうして言葉にしているのは、「言葉にならない今」を残してみたくなった。ただの、遊び心だと思う。

今までは、真剣に一種の遺書を書くつもりで、毎回、何時間もかけては、納得いくまで手直しして書いていたnote。

今は、ちょっと先に自分が何を書き出すのかが自分でも予想できない。心の赴くままに書いている。きっと、これには「文脈」も「分かりやすさ」も、起承転結も、感動的な物語もなく、今日の朝ごはんがどーだとか、昨日読んだ本がどーだ、と書き出すかもしれない。と思えば、多様性がどう、とかこうとか、仕事かどうとかこうとか、を書くかもしれない。

今noteにするまで、今までと違った面から自分を表すのに、ずっと葛藤していた。人に「見られている気」が、私に纏わりついて離れなかった。それが、ずっとなんとなく怖かった。

でも、やっぱり大切な「書く」をしていくのなら、もう今までの自分の言葉では収まらなくなった。書くことと考えやその時の感情が、一致していないと、そうやって立ち止まってしまうからだ。

立ち止まって、立ち止まってきた中で。今は、こうして決まってない余白の中で、思いっきりそのままの「何か」を残しておきたい、と思えるようになったのだ。そんな気持ちがあることに、自分でもびっくりしている。

それは、間違えなく、noteを書いていなかったこの1年ちょっとの中で、歩んできたおかげ日々だった、と思えた。

私は、相談する内容がある時は、順序立てて話し、腑に落ちる結果まで持っていくのが得意だ。だけど、ただ、どうしようもなく辛い時に「今、ただ辛いよ、苦しいよ」と言えなかった。でも今は、そんな時に助けを求めたくなる人の顔が、少しずつ思い浮かぶようになった。ぐちゃぐちゃなままでも、受け止めてもらえる場所が、世界のどこかにあることが分かった。

そして、この小さな試みまでの、ほんの最後の一歩を後押してくれたのは、この1月のすべてだった。

言葉と人生そのものが一致している人や、言葉に真っ向こうから向き合っている人たちに、本当の意味で出会えたこと。

そして、日々、さまざまな人と言葉をかわすことや受け取った言葉から、「弱さ」や「違い」が、つながりを生むことに気づいたこと。

そう。きっとあなたと私は、きっとお互いを、完全に理解しあえることはないんだと思うんです。だって、生まれ育った環境も、出会ってきた人や言葉の数も、今置かれている環境も、今日食べた物も違うんですから。

でも、私は、知っています。「違う」からこそ、弱いから、繋がれることを、あたたかいことを。あなたが居るから、明日もちょっと頑張ろうかなと思える日があることを。

はい。まあそんなことで、「これから」の文章について、です。

きっと、これから、小さい頃から何も変わらない無邪気な私もいれば、奥へ、奥へ、と深く沈んでいく私もいるだろう。その言葉は、あたたかったり、冷たかったり、ざらざらしていたり、色んな色が混じっていたりすると思う。

そんなちいさな日々を紡ぐ中で、私は、少しずつ日々から、また日々へと、言葉を、見つけてゆくのだと思います。脆くとも、強く、根をはって、生きてゆくのだと思います。

21歳、大学3年生、もう少しで春休み。
その日々と、何か。

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