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人生で一番難しくて、わからなくて、だけどどうしても答えを知りたい宿題のこと。

「あけましておめでとうございまーす」
ケラケラ笑いながら、そう言っている人がいた。
目が覚めた瞬間、思わず目に涙が滲んだ。

どうして、夢に。

いつもと変わらないように、高い声でケラケラ笑っていたその人は、
少し前に亡くなった先輩だった。

わたしにとって、
人生最大の難問を残していった人。
宿題の答えを教えてくれないうちに、いなくなってしまった人。

彼女に聞かれた質問のその答えを、
何年経っても、わたしは探し続けている。
「こうだろうか?」と思っては、
「いや、そうじゃない」と思い直し、
そんなことを、もう何年も繰り返している。

もっと、教えてほしかった。
答えに、導いてほしかった。

たくさんの人から尊敬され、愛されていた彼女。

どうして、最後は、1人で。
厳しい真冬にたった1人で、死んでしまったのだろう。

「こんなに真剣に考えてくれる人は、他にはいないわよ!」

彼女の出演するラジオ番組のアシスタントとして働いていた期間がある。
彼女から与えられる課題に答えられるよう、情報を探したり、曲を用意したり。

「あんたさ、こんなんじゃ聴いている人はどう考えると思う?」

彼女の心は、常に、聴いてくれる人と一緒にあった。
仕事の基本。
届ける相手のことを、どれだけ真剣に考えて、どれだけそれを形にできるか。
仕事をする上で大切なことは、彼女からたくさん学んだ。

「ひーっ」と背筋が伸びてしまうほど、
時には厳しく、いや、ピリッと辛いことを言われることの方が、多かったかもしれない。
だけど、彼女のその発言の根底には、愛があった。
相手に対して、仕事に対して、自分自身に対して。
彼女の言動は一貫していて、いつも、まっすぐだった。

「あぁぁぁあぁぁぁ」と、耳をふさいだくなるようなことも、よく言われた。
何も、それを言わなくてもいいじゃない。もうちょっと言い方があるじゃない。
ズキズキ痛む胸を抑えながら、そんな風に思ったことも、何度もある。

だけど。
上司から理不尽なことを言われた時。
こちらに不備はないのに、お客様が突然怒ってしまった時。
誠意を尽くし、努力をした上でも、形にできなかった時。

1人ではどうしていいかわからなかった時。


彼女は目を離さないでくれていた。

良きタイミングで
「おっけ〜、あとは私にまかせて!」と交代してくれた。

普段は、甘えたり逃げたりしないように厳しく指導しながらも、
本当に困った時は、1人じゃない、ということ、責任をとるということを、背中で見せてくれた。

ある時、彼女に夜ご飯に呼ばれ、ご自宅へと向かった日のこと。
古い団地の室内は、彼女の大好きなもので飾られ、あちこちに工夫が施されていた。
「うわぁ、こんな家に住んでみたいと思っていました」
そう言うと、
「じゃあやればいいじゃない。こんなの簡単よ?」と軽く言う。

……でも、

そう言おうとした瞬間、
「みんな「こんなのがほしい」「これがやりたい」「あぁしたい」って言ってるだけで、行動しないのよ。
行動すれば簡単に叶うことばかりなのに」

ピシャッと、痛いところを突いてくる。

本当にそうだ。
やりたいなら、やればいいだけだ。

「やりたい、こうしたいって言ってるだけで、やらない時間のほうがもったいないと思わない?」

彼女が亡くなってしまった今、「ムダな時間はもったいない」という言葉が、前よりも胸に刺さる。
本当にそうだ。
口だけじゃなく、動かなければ。
そう、思う。

「あのね、あなたはね」

お気入りのワインを飲みながら酔いが回ってきた彼女は、いつも以上に本心をつくことを次から次へと繰り出していく。
酔いも覚めるような一言を言われるたびに、ワインを飲んでごまかしていた。

その時だった。

「あなたは、自分が当たり前のようにやっていることを、できない人、もしくは、やろうともしない人の気持ちを理解するようにしなさい。それができるようになれば、あなたの人生は大きく変わるわ」

びっくりした。
何を言われているのか、一瞬、わからなかった。

「震災のボランティアだってそうよ。あなたは、「困っている人がいるなら何かしよう」と思うかもしれない。でもね、それをできない人、もしくは、そんなことやろうとも思っていなかった人のことを、まず考えるの。そこがわからなきゃだめよ」

彼女は説明してくれるけど、私にはわからなかった。
どうして。
わたしは、自分にはできもしないこと、やることすら気づかなかったことをしている人に憧れていた。
わたしも、こんな人になりたい。
そう思う人の背中を必死で追いかけて、なんとか、自分にできることを重ねて増やしていきたい。
今はできなくても、積み重ねることでいつかできるようになりたい。
そう思って、必死に生きてきた。

それなのに。
どうして、それをやろうともしない人のことに、意識を向けていくの?

頭の中は真っ白だった。
それ以降、彼女が何を話していたのかは、覚えていない。
ただ、何も言葉が浮かばず、目だけが泳ぎ、体がこわばって動けない。
そんな時間が続いていた。

「自分が当たり前のようにやっていることを、できない人、もしくは、やろうともしない人の気持ちを理解する」

それは、それ以降のわたしの人生の大きな課題になった。
それがどんな意味なのか、まったくわからなかった。

正直言えば、もう何年も経った今でも、答えはよくわかっていない。

ただ、ひとつひとつ人生でいろんなことが起こるうちに、
「もしかして、こういうことなのかな」と思えることは、増えていった。

あぁ、どうして自分はそんなことを想像できなかったんだろう、と、悔やむことも増えた。

自分のコンプレックスを解消するために必死だった。
少しでもより良くするために、何かできることを増やすことしか考えていなかった。
周囲にいる人や、出会う人達の気持ちに、思いを馳せることが少なかった。
この人は自分とは違う、と明確なラインを引いて、拒絶することも多かった。

自分勝手だと思ったり、高圧的な態度だと、感じた人もいただろう。
離れて行く人は、音も立てずに静かに去っていく。
気づかぬうちに、傷付けてしまった人が、どれだけいるかわからない。

そして今もまだ、自分の殻から抜け出せず、相手に対する想像力が足りないことも多い。

だけど、それでも。
「あなたは、自分が当たり前のようにやっていることを、できない人、もしくは、やろうともしない人の気持ちを理解するようにしなさい。それができるようになれば、あなたの人生は大きく変わるわ」

彼女にそう言われたあの頃よりも、少しは、変われた気がしている。

少なくとも、彼女に言われなければ、向き合うこともなかったその質問と、真正面から向き合っている。

その課題に対して悩みながらも進んできた今の自分として、
彼女と話がしたかったな。
もう少し、ヒントをもらいたかった。
次に進むための、ピシッと背筋が伸びるような一言を、もらいたかった。

だけど。
彼女はもう、いない。
突然、いなくなってしまった。
もう、あの言葉の真意も、彼女が思うことも、聞くことはできない。

ただ、記憶の中にある彼女の姿を通じて、生き様を思い出して、
自分自身に問うだけだ。

「あけましておめでとうございまーす」
彼女は今朝、ケラケラ笑いながら、私の夢に出てきた。
あいかわらずいつものように、キラキラした服装で、大きなヘッドフォンをつけて。

なつかしかった。
嬉しかった。
目が覚めた瞬間、思わず目に涙が滲んだ。

どうして、こんな時期に、「あけましておめでとう」なんだろう。
ようやく、わたしが一歩前に進めたということだろうか。
彼女が言ったように、これから新しい人生が、始まるという意味だろうか。
都合の良いように解釈したくなる。

本当の答えなんて、わからない。
正解があるのかすら、わからない。

だけど。
彼女に出会えたこと。
質問を残してくれたこと。
それがあったから、気づけたこと、学べたことがたくさんある。
そして、悲しいけれど、悔しいけれど、彼女が亡くなってしまったからこそ、思えることも、ある。

これからも、わたしは、彼女の残した課題に向き合って、生きていく。
課題があるからこそ、頑張れるし、生きがいにもなる。
わたしも、いつかあんな彼女みたいな大人の女性に、なれるだろうか。

いや、違う。
なりたいじゃ、だめなんだっけ。
なりたいならば、今すぐなればいい。たったそれだけのこと、でしたね。

久しぶりの彼女の高い声とケラケラ笑う少女のような姿に、
いろんなことを、思い出した。
今夜は満月らしい。
彼女の好きな曲とそれについて語る彼女の嬉しそうな声が、聞こえてくる。
なんだか、そんな気がしてしまう。

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