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「質素な暮らしには、ぜいたくな生活では味わえない楽しさがあります」〜母の戒めは、北条時頼の心の中に生きていた(『徒然草』第215段)

「節約するのは、もったいないからではないのですよ」と、松下禅尼(まつしたぜんに)は障子の張り替えをとおして息子に教えました。
 では、息子・北条時頼(ほうじょうときより)は、どんな政治家に育ったのでしょうか。『徒然草』は、後日談を記しています。意訳してみましょう。

 鎌倉幕府の重職を務めた平宣時朝臣(たいらののぶときあそん)が、昔のことを思い出して、こんな話を聞かせてくださいました。
      *     *
 ある日の夜、幕府の最高権力者であった北条時頼様から、
「屋敷へ来てもらいたい」
と使いが来たのです。
 私は、「すぐにお伺いします」とお返事したものの、礼儀にかなった服が見つからず、あれこれと手間取っていました。
 すると、また使者が来て、
「着替えをするのに時間がかかっておられるのでしょうか。夜中のことですから、変なかっこうでもかまいませんので、早くおいでください」
と催促がありました。
 そこで、よれよれの普段着のままで、お屋敷へお伺いしました。
 こんな時間に、どんな用かと思っていたところ、時頼様は、素焼きの杯と銚子を持って出てこられ、
「この酒を一人で飲むのはもの足りなく、寂しく感じたので、あなたを呼んだのですよ」
と言われるので、うれしくなりました。
 さて、酒をつごうとすると、時頼様は、
「これはうっかりしていた。酒の肴(さかな)がないなあ。家の者たちは寝静まっているので、今さら起こすわけにもいかない。面倒だが、肴になりそうなものがないか、この屋敷の中を、どこでもいいから探してもらえないか」
と言われます。
 私は、燭に火をともして、真っ暗な屋敷の中を、隅々まで探しました。ようやく、台所の棚に、味噌が少しついている器があるのを見つけたのです。
「こんなものがありました」と申し上げると、時頼様は、「ああ、これで十分です」と言って、気持ちよく杯を重ねられました。とても楽しい時間を過ごすことができました。あの頃は、こんなに質素だったのですよ。
      *     *
 質素な暮らしには、ぜいたくな生活では味わえない楽しさがありますね。

(かいせつ)
 ぜいたくな酒宴に招待されるよりも、温かい言葉で迎えられ、質素な肴で酒を酌み交わした時間は、家臣にとって、生涯、忘れられない楽しい思い出となったのです。
 鎌倉幕府の執権・北条時頼は、母の戒めをよく守り、家臣からも慕われていたことが分かります。

(原文)
 銚子に土器(かわらけ)とり添えて持ち出でて、「この酒を一人とうべんがそうぞうしければ、申しつるなり。肴(さかな)こそなけれ。人は静まりぬらん。さりぬべき物やあると、いずくまでも求め給え」とありしかば、脂燭(しそく)さして、くまぐまを求めしほどに、台所の棚に、小土器(こかわらけ)に味噌の少し付きたるを見出して、「これぞ求め得て候う」と申ししかば、「事足りなん」とて、快く数献(すこん)に及びて、興(きょう)に入られ侍(はべ)りき。その世には、かくこそ侍りしかと申されき。

『徒然草』第215段
イラスト・黒澤葵

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