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NBC新春寄席みた

ことしも新春寄席の時期がやってまいりましたねってなもんで、仕事を定時でぴしゃっと手仕舞いにして市民文化会館に足を運んだ。

『柳家小三治・柳家喬太郎・柳家三三 三人会』
このような顔ぶれになるはずだったのだけれど、小三治師匠は残念なことに昨年十月にお亡くなりになった。というわけで寄席のポスターはこう書き換わった。
『柳家喬太郎・柳家三三 ※お二人の高座に加え、小三治師匠との思い出を語るコーナーもあります。』
人間国宝でもある十代目小三治を「推しのじじい」と呼ぶ妻は、まだ辛いから行けない、ひとりで行ってこい、小三治グッズがあったら、とくにランチトートが置いてあったら買ってこい、とのことだった。

よく声の通る二ツ目さんの前座が終わり、仲入り前に喬太郎師匠。
昨年は悲しいことがありました、でも忘れなければなりません、と切り出すと、さあ喬太郎師匠得意のマクラで存分に笑わせてもらおうといった風情の会場の温度がわずかに下がった。今日はそういうのじゃないんだ、小三治師匠とお別れをする場でもあるんだ、と観客の意思が共有されたホールは、しん、と静まり返った。が、
「忘れましょう、林家三平のことは。」
いつものキョンちゃんのマクラだった。口が悪くて大好きだ。

卒業した学校へ三人の男が忍び込み、そこに居ついた幽霊と出会う、というネタだった。もうすぐ取り壊されて更地になることが決まっているその廃校で、幽霊は男たちが憧れていた保健室のさおり先生と教頭先生が乳繰り合うさまや、自宅に帰るやいなや赤ちゃんプレイに没入する筋骨隆々角刈りの体育教師など、滑稽な幻覚を男たちに次々と見せる。
男たちは幽霊を雇おうと思いついた。学校での怪談を演じさせ、思い出が残る学校を取り壊す工事をどうにか食い止めようという寸法だ。だけどどうしても面白おかしくすることしかできない幽霊がとうとう語りだした。

「悼んでくれるのは嬉しいが、前を向いていかなくちゃならねえ。建物は無くなっても思い出は残るってもんだよ、わたしも成仏させてくださいよ。」

そうして噺はオチへと向かっていくのだけど、「おれたちゃここからがんばっていこうぜ。」と前を向く三人の男には、小三治師匠の後に立つ噺家さんたちの姿が重なって見えた。また、「悼んでくれるのはうれしいが」とかすかに照れてみせる幽霊、あれは、亡くなる数日前まで高座にあがったという十代目柳家小三治そのものだったのだろう。違ったらごめんなさい。でもたぶん違わない。観ていた私の心はとても強く震えた。

マクラからネタに至るまで小三治の名前はひとつも出てこなかったけれどーーあとには小三治師匠の直弟子である三三さんの出番が控えていたからそのように配慮したのかなーー、哀しみ、悼み、惜しみ、別れ、そんな想いがぎゅっと詰まっていたようで、そうか芸ってこういうもののことをいうのだなとひとりごちた。休憩をはさんで一琴師匠の紙切り、そしてミミちゃんこと三三師匠が演じるやきもち焼きのお花まで、コロナのコの字も出てこず、本当に品の良い夜を過ごすことができた。

小三治のネタで忘れられないのは「禁酒番屋」だ。いよいよ口が回らなくなった齢八十のじじいなのか、酩酊してゆく門番を演じた人間国宝の技なのか、その際のキワを見せられた。そして晩年、最期に見たのは「猫の皿」だった。推しのじじいが演じる猫の姿を思い出しては、同じように、ぽかぽかとあたたかいところでもって三百両はする皿によそってもらっためしをつつき、のんびり過ごしていて欲しいなと思う。

令和四年一月二十六日
NBC新春寄席
「牛ほめ」柳家やなぎ
「雇われ幽霊」柳家喬太郎
 仲入り
紙切り 柳家一琴
「橋場の雪」柳家三三
座談ー小三治の想い出ー 喬太郎、一琴、三三、三之助

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