200円の牛丼
19歳の頃、新宿の場外馬券売り場で警備員のバイトをしていた。
この職場の悪いところは土日のみの仕事で交通費の支給もないこと。
良いところは日払いでお金がすぐもらえることだ。
仕事は基本立ちっぱなし。夏の太陽が容赦なく体に降り注ぐ。
90分の警備と30分の休憩を繰り返す。
物覚えも悪く、のんびりしていたので先輩たちからはよくからかわれた。
勤務が終わるとたまに先輩たちと雀荘に行き、その日の稼ぎを全部失うようなこともあった。
麻雀がない日は一人で帰るわけだが、夕方に町に放り出されるので空腹がこたえる。
さっき手渡しされた日当は生活費に充てたい。
ふと牛丼200円の看板が目に入った。
小さい店の中にはUの字テーブルと10ほどの椅子がならんでいた。
狭いけれど、どこか居心地の良さを感じさせる店だった。私はカウンターの端に座り、200円の牛丼を注文した。
牛丼が目の前に運ばれてくると、ついさっきまでの疲れが少しだけ和らぐ気がした。
大きな鍋からよそわれたご飯に薄切りの牛肉、それにかさ増しの豆腐がのっている。
200円抑えるための努力なのだろう。
一口食べると、甘辛いタレが口の中に広がった。
懐かしいような、何とも言えない安心感があった。
あの頃の自分は、未来のことなんて何も考えず、ただその日の生活を何とかやり過ごすことだけを考えていた。
大学も辞めることにしたが、そのあと何をするべきか何も考えていなかった。
夢も希望も、何かを成し遂げる野望もなかった。
ふと、店内を見渡すと、同じように一人で食事をしている人たちが何人もいた。
みんなそれぞれの事情を抱えて、この安い牛丼に救われているのだろう。
自分まちがいなくその一人だった。
今はあの頃とは違う生活をしているけれど、時々あの牛丼の味が恋しくなる。
そして、20年前の新宿の街角で、一人で牛丼を食べていた自分を思い出すのだ。あの頃の自分に「頑張れ」と声をかけたくなる。
結局この店には一度しか足を運んでいないのだが今でも時々思い出す。
牛丼は430円に値上がりしていたが今も営業しているようだ。
なんとなく思い出した昔の話。