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「バッドエンド×勇者(バッドエンドヒーロー)」3話 ⚠︎ジャンププラス原作大賞、連載部門応募作品

3話


 あれから数日後。俺はアイルの仕事に付き合わされていた。

 仕事、と言っても家の前でやる薪割りやら石集めやら、そんなものばかりだ。

「シャル、そこ抑えてて」

 言われた通り、木を抑える。今は薪割りだ。苦渋の決断だったが情報を集めるため、2人と少しだけ距離を詰めることにしたのだ。

「ありがとう! じゃあ、ちょっと待ってて。一回、この沢山割った薪、置いてくるから」

 少女は明るく言い、両手いっぱいに薪を抱き抱え、一旦家の中へと入っていった。

 目を向けてみると、ここから家の扉までの間に途中で落としたらしい薪がちらほら落ちていた。

 しかし俺はすぐ様、それから視線を外し空を見る。

「何やってんだろ、本当」

 誰に言うわけでもなく呟いた。

 どう魔王に復讐するか練らなきゃならないってのに……。

「あぁあ、いっぱい落ちちゃったよー。シャル、後ちょっとだけ待機ね!」

「ごめん、ごめん。お待たせ、えへへ」

 アイルは走って戻って来て、頼りなく笑った。

「続きやろうか。今度はシャルに切ってもらおう!」

 斧を受け取り、黙って薪を割り始めた。

「たまに冷え込むんだよね。だから、暖炉用に溜めとかないと、出来るときにね」

 少女の方は見ない。俺はひたすら薪を割った。

「カイルってね、いつも頼りなさそうで実際も結構ヘタレなんだけど……本当に大事な時は凄い恰好いいんだよ。それに、見た目に伴わないで、結構力持ちなんだぁ。やっぱり、男の子は違うよね」

 などと、聞いてもいない事をべらべらと嬉しそうに語る。俺はこうやって無視し続けているというのに、何がそんなに楽しいんだか。

「でもね、私とカイル、料理の趣味はあんまり合わないの。それで良く喧嘩するんだけど、いつも私の食べたいのになるんだよ! ふふっ、カイルはね、割りと優しいの」

 それにしても話の内容は双子の彼の事ばかりだな。黙々と薪を割りながら思う。

 アイルはきっとカイルの事が大好きなんだろう。それは雰囲気で分かった。

 でも、魔族が誰かをこんなに想えるものなのだろうか。人間を躊躇うこと無く簡単に殺す魔族が、誰かを大切に思ったりするだろうか。

「シャルはクールだよね、多分。そんでもって、きっと中身はあっつあつ――」

 俺の鋭い視線が、彼女の言葉を止める。

「何でもない、うん、何でもない。この話は辞めよう!」

「そ、そうだ。薪割りって楽しいよね。私、こういうの好きなの。なんとも無い、取り留めの無い、日常の一コマって感じがするでしょ? 私にはいつものこれが楽しいの」
「…………分かる、気がする」

 言ってしまってから、しまった、と思った。本当は答えるつもりなんか、無かった。でも、確かに共感したんだ。

 俺はメリバさんと過ごした何事も無い、ただの毎日が大切で、好きだったから。

「やっと、答えてくれたね」

 声に反応して、視線をやるとアイルの満面の笑みを向けていた。

「…………っ」

 駄目だ、調子が狂う。

 思えばメリバさん以外の誰かとこんなに長い時間一緒にいたり、話したりするのは初めてなんだ。

 基本的にメリバさん以外の人間には黒髪を理由に嫌われていたし、俺も彼らを遠ざけていたから。でも、こいつは……突き放しても無視しても、ちゃんと俺の存在を在るものとして見てくれた。

「あ、そうだ。後で家の中も片付け無いとなぁ。シャルも手伝ってね!」

 本当はずっと分かってる。この双子が良い奴らだって事なんかは。

 でも、どうすれば良い。魔族として二度目の生を受けた時点で俺の運命は決まっていたのかもしれないが、本当に魔族は全員が敵なのだろうか。

 アイルに目を向ける。またも、腕一杯に薪を抱え家の中へと運ぼうとしていた。前が見えて無い様で、ふらふらしている。少しだけ心配になって、俺は作業の手を止めた。

 拾い損ねた、地面の薪に彼女の足が躓く。

「――っアイル!」

 思わず叫んでいた。

 このままじゃ、そのまま前に倒れこんでしまう。魔族の事なんかどうでも良いはずなのに、体が勝手に動く。

 駄目だ、間に合わない……!

「おっ、と。大丈夫、アイル?」
「おおぉ、びっくりした。ありがとう、カイル」

 タイミング良く、家に帰ってきた少年がアイルの腕を引いたのだ。

 そして、俺は自分が安堵している事に驚いていた。

 何、ほっとしてるんだよ。

「シャル、今、名前! もう一回呼んで!!」

 いつも間にか、傍に駆け寄って来ていたアイルがその瞳を輝かせる。少年も両手を頭の上で組みながら、

「いいなぁー、僕も呼ばれたいんだけど」

 と、爽やかに微笑む。

「…………はぁ」

 何をうじうじやってんだよ、俺。

 これだけ距離を縮めてくる相手にこっちが距離置いてずっと警戒してんのも疲れるし、色々阿呆らしくなってきた。

 俺がやる事は、魔王への復讐だけだ。

 だから今後、こいつらが復讐を邪魔するような事があれば俺は容赦なく殺すだろう。でも、今はまだ助けてくれた恩と、俺を遠ざけず受け入れてくれた恩、それだけがあるから、認めるとしよう。

 俺は二人をそれほど嫌いになれないらしい。

「呼んでくれないの?」
「……呼ばない」
「ケチー!」

 二人を横目に、気づかれないように小さな笑みを零す。

 ――メリバさん。俺はあの二人にメリバさんと同じ、優しさみたいなのを感じたんだ。間違ってるかな?

 空を仰ぐ。
 メリバさんなら「間違ってない」そう答えてくれる気がした。

 □ □ □


「ていうか、そろそろ休憩しない? 疲れたよね。さっき、城下町でぶどう買ってきたし」

 カイルが言うと、アイルが目を輝かせた。

「休憩! ぶどうジュース! 早く言ってよぉ。ほら、シャルも行こう」
「……ああ」

 この二人を必要以上に避けるのを止めたとはいえ、信じられるか、といえばまた別の話だ。ただでさえ人との距離は難しい。俺は魔族である2人をどういう目で見ればいいだろうか。

「ねぇねぇ、ぶどうジュースってなんか久しぶりじゃない?」
「言われてみれば確かに。僕も好きな方なんだけど、ちょくちょく飲もうと思う程じゃないからなぁ」
「おぉ〜、分かってるね。たまにが美味しいんだよねぇ」

 二人の会話を後ろで聞きながら、俺はため息を一つ零した。

 まぁ、どうにでもなるか。

「完成! はい、シャルもどうぞ!」

 丸い机のヘリに等間隔に三つのグラスが置かれた。机を囲むように四つの椅子が置いてある。二人が手前の椅子を引いた。続くようにして俺も座る。

「……いただきます」
「うん! どうぞ、どうぞ。美味しいよ!」
「とか言ってるけど、作ったの僕だし」

 ぶどうジュースの入ったグラス傾け、控えめに口の中にそれを含む。

「カイル〜、細かい事気にしてるとモテないよ?」
「アイルに言われると何かなぁー」
「うん……美味しい」

 「えー」と頬を膨らませていたアイルだったが、俺の発言で表情を一変させた。

「だよねぇ! 私達オリジナル! 私も飲もーうっと」
「僕のオリジナルね」
「細かい、細かいよ〜。いでっ」

 カイルがアイルの額を軽く弾き、

「う、る、さ、い」

 と、しかめ面を作る。
 
「うぅ〜、もう! 私が悪かったよ」
「判れば宜しい」

 魔族相手なのに自然と口角が上がる。くだらないような、懐かしいような、楽しいような、変な気分だった。

 下に向けた顔を上げると、二人の驚いた顔があった。

「何か変だった?」
「……いや、何ていうか、つい」
「つい、ねぇ。ていうか、シャルも笑うんだね」

 含みのある言い方をした後、甚だ失礼な事を言う。

「お前、失礼なやつだな」
「うはははは! 何それ、僕そんなん初めて言われたよ」

 笑われた。それも大爆笑。腹を抱えて涙まで流している。どんだけ笑うんだ。
 顔を背けると、またアイルが笑う。

「いやぁ、君は本当に素直じゃないんだね! かわいすぎるよシャル」
「分かる、なんだかんだ色々手伝ってくれるし優しいんだよね」
「そうそう!」

 ひたすらに俺が褒められる。その空気に耐え兼ねて、俺は気を入れ直す為にぶどうジュースを一気に流し込んだ。

 その途中でアイルが思い出した様に「そういえば」と口を開いた。

「シャルはやっぱり大魔王、ニューラウド様に仕えたくて故郷を出たの?」

 あまりに唐突な質問に、グラスを口に持っていく手が止まる。けれど、ここで動揺を見せるわけにもいかない。俺は迷うことなく頷いた。

「ああ」

 それに崩すなら内側からだ。魔王の下について油断した所を欺いてやる。どんなに理不尽でも残酷でも最初は絶対に逆らうな――そう自分に言い聞かせた。

「そっかぁ。でも、シャルは覚醒前だし少し大変かもね。私達でさえ、仕えるための試験は手こずったし」
「アイルも仕えてるのか?」
「もっちろん。私もだけどカイルもだよ!」

それが光栄である、と言うようにアイルは微笑み、続けた。

「まぁ、城下町から離れた南森みなみもり担当だから、魔王様の部下の部下の部下って所だけどね」

 俺の頭の中に魔界の地図が浮かび上がる。

 城を中心に城下町、森、そして四国、って広がってるわけか。

「南森も歴とした王都だよ。だから、文句言うな?」
「はーい」

 不服そうではあるが、承服するアイル。

 この二人が南森だとすると俺はどこ担当になるのか分かったもんじゃないな。

「ニューラウド様に仕えたいなら、まず城に行って手続きするんだ。謁見するだけなら簡単だから。城までの行き方は分かる?」
「ちょ、カイルは冷たいね~。大丈夫だよ! 一緒に行こ、シャル。てか、今すぐ行こう! 善は急げぇ!!」

返事も待たずにアイルは俺の手を引いた。強引に引かれ、足がほつれる。

「た、確かに場所は分からないけど、今からって本気なのかよ?」
「そんなの気にしない!  私にどーん、と任せなさい!  そうと決まれば今からGOだよ」

……何をどう任せれば良いのだろうか。

後ろからは、やれやれと言うようにカイルがついて来る。

大体まだ心の準備ってもんが……!


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