見出し画像

京アニ放火事件、犯人はどうなる?元刑事がわかりやすく解説

※アイキャッチはクリエイター「しばいぬだいすき」さんの画像です

2019年7月18日は、アニメを愛する方々にとって忘れられない日になってしまいました。

京都アニメーション、略して「京アニ」の第1スタジオに侵入した男が、建物内にガソリンをまいて火をつけた事件。

私がこの記事を書いている時点で、すでに20名を超える方の死亡が確認されている令和最初にして最大規模の放火事件です。

※ニュース記事はコチラをご覧ください。

報道は小刻みに更新され、その度に死者数が増えている状況に関係者の方々は心を傷めていることでしょう。

非常に注目度が高い今回の事件ですが、犯人はこれからどうなるのでしょうか?

問われるのは『現住建造物等放火罪』

今回の事件、犯人が問われる罪は『現住建造物等放火罪』です。

刑法第108条では次のように規定されています。

放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

現住建造物等放火罪は、京アニのように「建物の中に人がいる」または「普段は人がいるが、たまたま外出していて人がいなかった」という建物に放火した場合に該当します。

もし、廃墟などのように「人が住んでいない」状態の建物に放火した場合は109条の非現住建造物等放火罪になります。

「放火」がどこから成立するのかというのは学説がわかれる部分ですが、判例では「独立燃焼説」が指示されています。

たとえば、火がついた松明(たいまつ)を持って建物に侵入したと仮定します。

この松明の火を「媒介」として、建物の一部にでも火が移れば「燃焼させた」と判断されるため、放火が成立します。

ほかにも次のような学説がありますが、裁判所はほぼ一貫して独立燃焼説を指示しています。

・燃焼をはじめて容易に消火できない状態になった場合(燃え上がり説)
・建物内の重要部分を燃焼させて「物の効用」を失わせた場合(効用喪失説)
・火力によって毀損が認められた場合(毀損説)

刑罰は死刑・無期・5年以上の懲役

現住建造物等放火罪に該当した場合、非常に重たい刑罰が科せられます。

刑法第108条の規定によると、死刑または無期もしくは5年以上の懲役が科せられます。

死刑とは死を以って罪を償うことですが、無期懲役については少々の誤解がある方も多いようです。

無期懲役とは、年数を定める「有期懲役」を超えた懲役刑を科すことを指すもので、一生涯を刑務所で過ごす「終身刑」とは違うものです。

また、日本の刑罰は海外のように「すべての刑罰を合計すると懲役100年」となるような計算方法ではないため、無期懲役であっても釈放されて社会生活に復帰できないわけではありません。

統計資料などはありませんが、無期懲役は最短30年で釈放される可能性があります。

「5年以上」とは、最短で5年という意味です。

つまり、現住建造物等放火罪に該当すると、有罪が確定すれば最短でも5年間は刑務所に収監されます。

どうやら犯人は2012年にも強盗を犯し、現在は更生までの期間を支援する施設に居住していたようです。

こういった経歴をみると「非常に危険だ」と判断され重たい刑罰が科せられうことは間違いないでしょう。

執行猶予はつかない!

よくニュースで見聞きする「懲役◯年、執行猶予◯年」というフレーズですが、これは「◯年間、懲役刑の執行を待ちます」という意味です。

猶予期間中に罪を犯さなければ、刑罰は消滅します。

つまり、執行猶予付きの判決を受けた場合は「おとなしくしておけば刑務所には入らなくてもいい」となります。

すると、今回の事件でも「裁判で執行猶予がつくかもしれないってこと?」と憤ってしまいそうですが、刑法第25条の規定によって、最低3年を超える懲役が規定されている犯罪には執行猶予が適用されません。

現住建造物等放火罪は「最低でも懲役5年」ですから、執行猶予の対象外です。

「殺人罪」は適用されないのか?

今回の事件の犯人は「死ね」と叫びながらガソリンをまき散らし、ライターで火をつけたと報道されています。

すると「放火が成立するだろうけど、同時に『殺人罪』も成立するのでは?」と考えるかもしれませんね。

この答えは「殺人罪は成立しない」というのが正解です。

現住建造物等放火罪と殺人罪は「観念的競合」という関係にあります。

観念的競合とは「ひとつの行為が複数の犯罪に該当すること」を指します。

たとえば、殺意をもってナイフで人を刺したとします。

すると、最低でも人がケガをすることで「傷害罪」が成立しますが、この犯人は「相手を殺すつもりでナイフで刺した」わけですから、相手が死ねば「殺人罪」も成立します。

この関係では「ナイフで刺す」というひとつの行為が「傷害罪」と「殺人罪」という複数の結果が生じています。

これが観念的競合です。

今回の放火事件では、観念的競合によって現住建造物等放火罪のみに問われます。

だからほとんどのニュースが「放火殺人」とは報道していないのです。

殺人の方法として放火という手段を選んだ場合に殺人罪は適用されないのは、たとえ「殺害した」という犯人の目的が達成されようが、それとも「相手を殺すには至らなかった」となろうが、どちらにしても厳罰を科すためです。

運良く誰も死傷しなかったとしても「助かったのは運が良かっただけで、一歩間違えれば死んでいた」という危険があれば厳しく罰を与えられなくてはいけません。

「放火」は重大な危険をもたらす犯罪であるため、人の死傷に関わらず厳罰が与えられるということです。

もちろん、結果として多数の死傷者を出しているため「死刑・無期・5年以上」の範囲の中から重たい刑罰が科せられるでしょう。

常軌を逸している!無罪の可能性はあるのか?

白昼堂々と会社に乗り込み、雄叫びをあげながらガソリンを振りまき火をつける…

しかも一部の報道では「パクりやがって!」となにやら恨み言まで発していることも明らかになっています。

こうなると「もしかして、精神疾患を理由に無罪を主張するのでは?」とイメージする方もいるでしょう。

たしかに、刑法第39条では次のように規定されています。

心神喪失者の行為は、罰しない。
心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

この規定によって、数多くの凄惨な事件の犯人が無罪を主張してきました。

犯人に弁護士がつくのは間違いないし、今回の事件でもこの戦法がとられるのでは…と思われます。

しかし、あくまでも私見ではありますが、今回の事件では無罪は認められないでしょう。

心神喪失・心神耗弱による刑罰の減免は「違法性を意識できない無能力者」が対象となります。

今回の犯人は、ガソリン・着火用のライターのほか、刃物も用意していたそうです。

しかも「死ね」などという殺意を明らかにする発言があり、さらに犯行後は現場から逃走するなど「自分が罪を犯しているとは認識できない」と認定できる状況はないように感じられます。

これからさらに明らかになっていくはずですが、何らかの怨恨を持って報復のために犯行に至ったのは明らかですから「認識できない」などという言い訳は通用しません。

重きに処断されることは免れられず、極刑が適用される可能性が大であると予想されます。

犯人の逮捕はいつになる?

犯人の男は現場から逃走のうえで確保され、逮捕当時は「放火した」「液体をまいた」と断片的な供述をしていましたが、現在のところは意識不明で病院に搬送されているようです。

具体的な供述が得られるのは意識が回復してからになりますが、犯人の逮捕はいつになるのでしょうか?

今回の事件では、犯人が現行犯逮捕されていません。

もし犯人が現場から逃走した場合、犯行の時間・場所との接着性がどんどん失われてしまい、現行犯逮捕ができなくなります。

犯行を目撃した被害者や関係者が追跡して確保すれば「準現行犯」として逮捕も可能で、今回の事件では「やけどを負いながら逃走した」という犯行の証跡があるため準現行犯としての要件を満たしています。

それでも逮捕に至っていないということは、確保の時点ですでに「救急搬送の必要があり、逮捕できない」という判断がなされていたものと推察できます。

すると、今後は犯人の回復次第で逮捕状を請求して逮捕するという展開が待っているわけですが、もし犯人が「まだ調子が悪い」と主張すればどうなるのでしょうか?

被疑者が負傷して回復を待っている状態であれば、まず警察は担当医師から状況を聴取します。

もちろん、最初は「医師として、身柄の拘束は認めない」と回答を受けるわけですが、毎日のように診察・治療をしていれば「もう大丈夫だろう」と意見が変わってきます。

すると、警察は医師から「もう大丈夫です」という内容の供述調書を録取し、これを逮捕状請求の書類に追加して裁判所に提出します。

裁判所も「担当医師が大丈夫っていってるから逮捕してもいいでしょ」と判断し、逮捕状を発布するわけです。

いくら本人が「まだ!」といっても、担当医師のお墨付きには敵わないという寸法です。

負傷の程度はまだ明らかではありませんが、重度のやけどを負っているとはいえ、1か月以内に逮捕されるのではないかと推察します。


続報が次々と更新されていますが、これからさらに事件の真相が明らかになっていくでしょう。

国内アニメーターの至宝ともいえる方々の訃報に、衝撃と悲しみは深まるばかりです…



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?