第16回 坊っちゃん文学賞応募作品「けんちゃんの恋」

第16回 坊っちゃん文学賞に応募したのですが、受賞しなかったので、公開しようと思います。
内容は、中学生のSNS配信者に恋する声優志望の青年の話です。若干、私小説的な部分もあります(笑)。タイトルは「坊っちゃん」を意識し、内容も愛媛が出てくる青春小説を意識しましたが、4000文字の字数制限があり、情景描写等をカットしなければならなかったのが少し残念です。また、ショートショートはオチが必要ということで、最後に無理やりオチを付けた感じになってしまいました。この辺を変えれば普通に青春物としてアリだと思いますので、映像化等のオファーがあればお待ちしております。気に入られましたらサポートもよろしくお願い致します。

-----以下本文-----

●「けんちゃんの恋」 作:鈴木公成

僕はケンジ。SNSではそう呼ばれている。25才の声優の卵。いつか有名なアニメに出て、ビッグになるのが夢だ。その為に、東京に出てきた。でも今、自分の夢よりも応援しているものがある。SNS配信者の「みのりちゃん」だ。愛媛県在住の中学3年生の女の子。僕は一目で恋に落ちた。本当に可愛くて、一生懸命アイドルになろうと努力している。僕はそんな彼女を応援する事にした。

みのりちゃんはまだSNS配信を始めたばかり。何を話してよいかわからず戸惑う。僕はそれを画面越しにサポートする。段々とトークも上手になるみのりちゃん。変な奴が来たら僕が追い返す。ルームの雰囲気も良くなり人気も出てきた。僕がこのルームの第一人者だ。彼女もそう思ってくれているはずだ。彼女は僕を「けんちゃん」と呼ぶようになっていた。2人の間には信頼関係が出来ていた。

ある時、みのりちゃんにチャンスがやって来た。愛媛発のアイドルグループのメンバーになれるイベントへの参加だ。上位に入賞すればプロデューサーと会うチャンスが得られる。彼女は本気で頑張った。僕も全力で応援した。結果…みのりちゃんが1位になった!これでみのりちゃんのメンバー入りは確実。誰もがそう思った。彼女も泣きながら喜んでいた。最高の瞬間だった。しかし…面談の結果、みのりちゃんは選ばれなかった。

それから…みのりちゃんは変わってしまった。あまり笑わなくなった。

それでも僕は応援を続けた。この子は必ず世に出る子だと信じていた。

ある日SNSを開くと、みのりちゃんが泣いていた。そして…不登校をカミングアウトしていた。今までの楽しい学校生活の話は全て嘘だったのだ。そんな自分を変えようと頑張って挑戦したアイドルになれるイベント。でもそれも落ちてしまった。もう自分には何もない。今まで嘘をついていてごめんなさい。彼女はそう言って配信を切った。

その日を堺に、みのりちゃんの配信はなくなってしまった。僕も段々と彼女の事を忘れていった。

それから暫く経ったある日、僕は、みのりちゃんが入れなかったアイドルグループの活躍を目にした。東京の大きな会場を満員にするほど人気が出ていた。僕は驚いたが、調べていく内に更に驚いた。その会社は、妹分となる第2のユニットもデビューさせたのだが…何と、その中に、みのりちゃんが居た!相乗効果でみのりちゃんのユニットも人気が出ているようだった。僕は急いでSNSでみのりちゃんの配信を見つけコメントした。しかし…僕のコメントだけスルーされる。何度やっても。一方で、新しいファンには丁寧に対応する。おかしい。意図的にやっている。僕は察した。きっと、不登校の事など、過去の嫌な自分を知っている人間とは関わりたくないのだろう。そう思い、僕は彼女を追う事をやめた。

みのりちゃんへの依存が無くなった僕は、自分の夢を思いだした。ビッグな声優になるんだ。

ある日、有名なCMの2代目声優を募集するオーディション情報を目にした。これに通れば一気に有名になれるはずだ。それに…この会社は愛媛県の会社だった。僕はみのりちゃんの事を思い出す。もう二人の関係は最低だ。でも…僕は何故か彼女の住む愛媛との関わりが欲しいと思い、応募した。

結果発表の日。僕は…最優秀賞でも優秀賞でもなかった。しかし、今回の企画のあまりの人気に企業側が急遽、新しい佳作賞を設けた。そして僕は…その中に居た!その賞は「一番最初に応募したで賞」だった。僕は複雑な気持ちになった。声を評価された訳ではないのだ。優勝者の動画はテレビで紹介されるほど人気になっていた。天と地ほどの違い。これが僕の人生かと思った。

数日後、企業から連絡があった。賞の反響があまりにも大きいので、授賞式を愛媛でやる事になったという。地元のイベントとコラボし、大勢の前で。ついては、佳作賞の僕にも来て欲しいとの事だった。交通費、宿泊費は相手持ちだ。愛媛。僕はあの子の事を思い出す。そう。みのりちゃんの住んでいる場所だ。今ではもう、熱はすっかり冷めてしまったが、SNSで一緒に過ごした思い出は残っていた。彼女の住む街へ行ってみたい。そう思い、僕は愛媛行きを決めた。

出発の日。東京から愛媛へは飛行機で1時間半ほど。いつか行きたいと思っていたが、いざ行くとなると、大して遠くはなかったのだなと気がついた。

松山空港へ降り立った僕は、リムジンに乗って、イベント会場となっている松山公園へと向かった。やがて松山城が見えて来た。僕は少し緊張して控室へ向かった。

控室へ案内された僕は、担当者と言葉を交わし、席についた。賑やかな方へ目を向けると、最優秀賞受賞者が居た。一躍人気者となり、テレビでも取り上げられていた。周りには人の流れが絶えない。賞を主催した企業の社長や役員、イベントを主催する自治体の首長や幹部、商工関係者、地元マスコミ。あらゆる人が最優秀賞受賞者の元へ駆け寄った。同じ入賞者と言っても、扱いは天と地ほど違う。僕がそんな事を考えていた次の瞬間、控室が急に色めき立った。目を向けるとそこには…あの愛媛発のアイドルグループが居た!僕は信じられない思いで彼女たちを見る。式次第に目を向けると、あの子達の名前があった。どうやら歌を披露するらしい。賞の贈呈式の欄にも名前がある。あの子達が記念品を渡すのだろう。そしてそこにはもう一つのグループ名が。そう、これはあの、みのりちゃんが抜擢された妹分のアイドルグループの名前だ。僕は信じられないという思いがし、息が詰まった。そして色めき立つ集団の方へもう一度目をやると…そこにみのりちゃんが居た!あの夢にまで見たみのりちゃんだ。SNSですれ違って以来、彼女への思いは無くしたと思っていたが、いざ目の前にすると、またときめくような感覚が胸に浮かんできた。声をかけたい…でも…。僕がそんな思いで戸惑っていると、みのりちゃん達は最優秀賞者とお偉いさん達に挨拶をし、僕の方には目も向けずに控室を出ていった。

僕は我ながら、話しかけられなかった自分の意気地なさに嫌気が差した。でも、僕の胸は未だときめいていた。式典ではもう一度会えるはずだ。そう考えると、僕の顔は綻んだ

式典が始まった。司会と賞の提供企業の社長が挨拶をした後、予想通り、アイドルグループが記念品を渡し、インタビューを始めた。優秀賞以上には姉貴分のグループが。そして、佳作賞は…みのりちゃん達のグループが担当するようだ。僕の胸が高鳴る。順番に記念品を渡し、インタビューしていく。そして…ついに僕の番が来た!今、目の前にみのりちゃんが居る。ニコニコしながら僕に記念品を渡す。僕は涙が出そうになりながらもこらえ、笑顔で受け取った。そしてインタビューに答える。
「声優コンテストなのに、僕は『一番最初に応募した賞』で複雑な気持ちですが…」
そう言うと、会場から笑いが漏れた。みのりちゃんも笑っている。僕は微笑んで続ける。
「でも、うれしいです。ありがとうございました」
そう言い終わると、会場の皆が拍手をくれた。みのりちゃん達は笑顔で次の受賞者へ移っていく。僕のほんの一瞬の主人公の瞬間は、本当に一瞬で終わってしまった。

式典終了後、僕は控室に戻った。他の受賞者は、観光へ行ったり、それぞれ予定があるようで、皆、控室を出ていってしまった。僕はどうしよう…。控室に一人残された僕がそんな事を考えていると、次の瞬間…みのりちゃんが部屋に飛び込んできた!僕は心臓が止まりそうになった!さっきまでは目の前に居た。でもそれが最後だ。もう近くで会うこともない。ましてや話すことなんて。そう思っていた彼女が、今、目の前にいる。しかも…控室には、僕とみのりちゃんの二人しか居ない。忘れ物を取りに来た様子の彼女だったが、すぐに僕の存在に気づく。そして二人っきりだという事にも。あっ…と言って作り笑顔をするみのりちゃん。それに対し、僕は…勇気を振り絞って話しかけた!
「さ、さっきはどうも…」
伝えたい思いがあるのに言葉に出てこない。色んな思いがあるのに。SNSでまだぎこちない配信をしていたみのりちゃん。その彼女に恋をし、一生懸命応援してきた。しかし、そこからの挫折、不登校のカミングアウト。姿を消したみのりちゃん。恋の終わり。そしてそこからの彼女の再起!僕の小さな成功!今こそ僕があのSNSの「けんちゃん」である事を伝えよう!そして本当の気持ちを!僕は全てを告白しようとした!
しかし…できなかった。出来るはずがなかった。なぜなら僕は…25才の将来のある声優の卵なんかじゃない…。本当は…38歳の…声優を夢見るだけの…将来性の無い…中年フリーターなんだ…。僕は急に現実に目を向けた。SNSのアイコンとプロフィールは盛っていた。賞を取ったと言ってもこの程度では彼女と釣り合うはずもない。歳だって親子ほども離れている。所詮叶わぬ恋なのだ。僕は自分の中で全てを理解し、そして、笑顔で彼女にこう言った。
「SNSで見ててかわいいなって思ってました。応援してます!がんばってください!」
それは僕が言葉に出来る、ただ一つの彼女に対する気持ちだった。
それに対し、彼女が言葉を返す。
「ありがとうございます!○○さんも声優目指して頑張ってください!」
キラキラした目。彼女は僕がSNSの「けんちゃん」だとは気づかす、僕の本名の名字を呼んで、エールを送ってくれた。僕は感極まり、涙が出そうになったが、何とかこらえた。そして彼女が行ってしまった瞬間…涙がこぼれた。僕の小さな恋…。でも、これで良いんだ…。僕はそう自分に言い聞かせ、椅子に体を預けて目を閉じた。

暫くして、僕は外へ出て、ライブ会場へ向かった。会場では、松山城をバックにしたステージで、みのりちゃん達が歌っていた。僕は微笑んで、ただいつまでもその姿を見つめていた。

<終わり>

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