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『グランドホテル』ラファエラの存在意義について考えてみた

原作から戯曲、映画、そしてミュージカルと展開され、言わずと知れた『グランドホテル』ですが、今回はミュージカル版にのみ登場するラファエラについて気になった点を深掘りしてみました。

気になった点

原作も映画もグルシンスカヤのメイド・衣装係として登場するのは彼女より歳上の男女であり、際立った役割が与えられているわけではない。
ラファエラとして置き直す意味は?

ざっくりとした結論

グルシンスカヤの真の安息地である「丘の上のヴィラ」を擬人化した、あるいはその要素を取り入れたキャラクターがラファエラなのかもしれない。

考え至るまでの過程

原作・映画版ともに、グルシンスカヤへ仕えるメイドと衣装係は彼女より年上の男女ふたりで、特にこれといって特徴はない。
ミュージカルではその2人が削除され、代わりにラファエラとして追加された。

ラファエラはどういった経緯でグルシンスカヤに付き従うことになったかなどのバックグラウンドについて劇中で明かされることがほとんどなく、かろうじて分かるのはもう22年間行動を共にしていることと、出身がイタリアであることのみ。
年齢も不詳。
とはいえ、彼女よりも若いのではないかと。



ここから少しグルシンスカヤについての話。

原作ではグルシンスカヤの年齢について「初老を過ぎた」という表現があり、地の文からも推察するに40代半ば〜後半のように思えた。
映画版では彼女を演じたグレタ・ガルボが当時27歳とのことなので、設定はもっと若いだろうと思う。
また加齢についてもかなりネガティブな感情を抱いている。
自分と同じように年を重ねるメイドの顔を見てまるで自分の顔を写す鏡のようだと感じたり、自分の周りにいるのが年寄りばかりであるのに嫌悪感を抱いたりする。
シワを取るための美容整形もしている。

反面、ミュージカル版ではそこまで年齢に対しての悲壮感がないので、どうだろう?

というのも、映画版までの彼女は不入りの舞台を終えた後で服薬自殺しようとするほどに憔悴しきっており、ネックレスを盗みに入った男爵は部屋からどうやって逃げおおせようか考えていたところで、薬を持ち出した彼女の様子を見て止めに入る。
グルシンスカヤが男爵に対して早々と警戒心を解くのも、自らの「成功」を感じたから。
彼女にとっての成功は舞台で浴びる歓声や拍手だけでなく、どれほど熱狂的に男性たちからアプローチされるかというのも重要なバロメータだった。
それまで「恋愛無くして成功はなかった」グルシンスカヤにとって、突然に現れた若き男爵はまさに「成功」そのものだった。



閑話休題、再びラファエラについて。

グランドホテルは1928年が舞台なので、ラファエラはその22年前、1906年から付き人をしている設定。
ちなみにグルシンスカヤの愛人であったセルゲイ大公が史実上で亡くなったのは1917年のロシア革命。

ラファエラは女性であり、グルシンスカヤに恋心を抱いていて、ガイゲルン男爵が一夜にして彼女の心を手に入れてしまったことに打ちひしがれる。
(打ちひしがれはするものの、終盤に男爵が殺されたと知って真っ先に心配するのは、それを知ったグルシンスカヤが傷つくこと。)

格好は、男装・女装どちらともつかない服装をしている。
見た目のミステリアスさも相まって同性愛者としての属性ばかりが注目されがちだけれど、仮に「丘の上のヴィラ」の概念が擬人化されたキャラクターなのであれば、彼女の性別や格好に大きな意味は全く感じられなくなる。

原作ではグルシンスカヤの別荘(=ヴィラ)がイタリアのコモ湖畔にあると書かれているが、ミュージカル版ではラファエラの歌にのみ登場する。
映画版では、グルシンスカヤの口から語られる。
(ミュージカル版のグルシンスカヤは金銭的にもかなり逼迫した状況にあるようなので、別荘を持つ余裕があるのかどうか。セルゲイ大公からのネックレスも、原作では金のために手放すわけではない)

ミュージカル版は原作からの要素として、グルシンスカヤのプログラムにあるという「恋と死の二人舞踊」という表現そのままにDance of Love and Deathという曲があり、ラファエラの歌う「丘の上のヴィラ」も、この湖畔にあると思ってもおかしくなさそうだなと思った。

終わりに

グルシンスカヤを取り巻く恋愛関係を際立たせるためのキャラクターだと言われればもちろんそうでもあるのだけれど、ラファエラはただじっと彼女の平穏を願っていて、男爵のように表立ってドラマティックな展開を望むわけでもなく、徹頭徹尾、グルシンスカヤのために影となって動いている。
きっと男爵がいなくなった後も、グルシンスカヤが時代に取り残されて一人ぼっちになってしまった後も、ラファエラはグルシンスカヤさえ手を伸ばせば届くところにいつまでも寄り添っているのだろうと思うと、忙しなくヨーロッパ中を飛び回り続ける主人の休暇を静かに待ち焦がれる「丘の上のヴィラ」に思い馳せてしまった。

……というおはなしでした。

ブロードウェイ版についてほとんど資料が手に入らないので、感想や思うところがあればぜひ教えてください。

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