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フランス、ボルヌ内閣が始動へ。

 フランス大統領府(エリゼ宮)は20日金曜日夕方、ボルヌ新内閣の閣僚名簿を発表、週明け23日月曜日、朝10時に初閣議を行い新内閣が始動のはこびとなった(フランス第5共和政憲法では、閣僚名簿案は首相が作成し共和国大統領が承認するとしているが、実際には閣僚候補選定の段階から大統領の意向が反映されている。閣議は、主催は首相だが、大統領が毎回出席し、場所もエリゼ宮で行われる、しかし、首相は行政府の長として責を負う。)今回組閣された内閣は、いきなり6月のフランス議会選挙で国民からの信任を問われることになるが、任命された閣僚の顔ぶれを見る限り、マクロン政権としては、この内閣で少なくとも2期目のある程度の時期まで政権運営を行う意図をもって組閣したようにみえる。

 第1期マクロン政権においては、社会党から中道右派が分離しマクロン氏が中核となり設立された与党La République en Marche(現Renaissance)の前回2017年フランス議会選挙での過半数を抑える大躍進により、議会勢力的には十分な基盤があったが、行政を取り仕切る人材が不足していたため、党外から中核となる人材を一本釣りをして組閣をする必要があった。このため、第1期マクロン政権の最初の3年間は、共和党からフィヨン元首相の側近であったエデュアルド・フィリップ氏を一本釣りして首相に任命した(その後の2年間はやはり共和党からカステックス氏を首相として一本釣りをした。)しかし、政権が新型コロナウイルス対策に集中して取り組むようになると、首相職としてのフィリップ氏の優れた行政手腕が抜きんでるようになり、次第に意思決定過程で首相と大統領がかみ合わない状態に陥った。この状況が与党勢力の空中分解につながることを恐れたマクロン氏は、1期目の折り返し点で、フィリップ氏がル・アーブル市長に転出する形で与党勢力をまとめる調整を行い、政権を支える各勢力のバランスを維持させることに腐心してきた。今回の組閣は、そうした、第1期政権の後半に達成した与党および補完勢力のまとまりを堅持して、フランス議会選挙後にも引き続き主要な政策を推し進めていくために準備した布陣のようにみえる。

 内閣の顔ぶれで重要なポイントは、2017年のマクロン氏の最初の大統領選挙での勝利に貢献する形で与党に合流して政治基盤を安定化させてきた補完勢力の関係者が、第1期政権に続き閣僚として登用されていることだ。具体的には、共和党の系譜から転向してマクロン支持勢力に合流したテクノクラートのブルーノ・ル・メール氏(経済財務大臣留任)、同じく共和党の系譜からマクロン支持勢力に合流した政治家ジェラルド・ダルマナン氏(内務大臣留任)、社会党中道左派系政党Territoires de progrèsの代表オリヴィエ・デュソプト氏(前回は副大臣級、今回は労働大臣として入閣)、フランス政界の重鎮フランソワ・バイル氏の政党Le Mouvement Démocrateのマルク・フェノー氏(前回は副大臣級、今回は農業大臣として入閣)という実力者が引き続き登用されている。今回の第2期政権の始まりでも、与党および補完勢力のまとまりを強く維持していくという、マクロン氏の戦略が強く反映されているといえよう。

 個別分野に関しては、政策課題が山積みのエネルギー分野は、実質的には首相が直接リーダーシップをとると見られるが、加えて担当大臣としてテクノクラートが任命されている。また、外交については、第1期マクロン政権ではオランド元大統領の盟友の重鎮政治家、ジャン=イヴ・ル・ドリアン氏が務めたが、今回は志向を全く変え、テクノクラートの職業外交官が外務大臣に任命された。マクロン政権下で進められてきたフランスの中央官僚組織改革において、外務省の幹部職を省出身者だけが独占してきた特権を廃止し、省外の人材からも幹部登用できる制度に改めたいというマクロン案に対して外務省内から強い反発があり、今回の組閣でトップに敢えて外務省出身者を任命することでマクロン氏の進める組織改革を推進する意図があるものと思われる。

 6月のフランス議会選挙を意識した人選としては、フランスおよびアメリカにおけるアフリカ系マイノリティーの研究で知られる歴史学者パップ・ンディアイ氏が教育大臣に任命されたことが注目に値するであろう。この人選に対しては、マクロン氏の政敵であるジャン・ルック・メランション氏も、自身の記者会見で、非常に良い人選と歓迎する意向を表明している。首相と閣僚(大臣)を合わせた内閣の18人は、ジェンダー毎に9人づつで構成されているが、こうしたジェンダー比のバランスは地方政治レベルでは既に一般化しており(したがって、特に選挙を意識したものとみるべきではない)、今回の組閣もそうした流れに準じたものとみるべきだろう(ジェンダー比のバランスは、第1期マクロン政権でも既に実現してきている(フィリップ第2期内閣))。

 組閣完了後早々に、マクロン政権入りするために共和党党首を辞任して今回入閣したダミアン・アバッド氏をめぐるスキャンダル(性的暴行疑惑)が噴出、背景的には与党ではないがマクロン政権に人材提供などを通して実質的に支援してきた共和党内で、マクロン政権とこれ以上関係を深めるべきではないとする勢力との深い亀裂があり、そうした対立が飛び火をしているとみるべきだろう。週末に調査会社イプソスが発表した、フランス議会選挙の見通しに関する世論調査では、マクロン氏の与党および補完勢力が合計で290~330議席を確保しマジョリティーを維持する数字が出ているが、共和党の内紛劇がマクロン氏の与党勢力に及ぼす影響は、選挙戦を通じてこれから出てくると予想されるので、注意をしてい見ていく必要がある。

 始動したボルヌ新内閣は、非常に手堅い布陣であることが明らかになったが、現在、フランス国民の最大の関心事は進行するインフレからくる生活の不安、そして年金受給開始年齢問題であり(マクロン政権は受給開始年齢を64歳ないし65歳への引き上げを検討しているのに対し、国民の間で不満が広がっている)、政権としては、現状の課題に積極的に向き合い、6月の選挙に臨んでいく必要がある。選挙戦を通じて、マクロン氏の宿敵であるメランション氏およびルペン氏はこうした直近の課題について有権者に積極的にアピールをしてくるであろう。

 なお、首相のボルヌ氏は非常に優れたテクノクラートであるが、議員としての政治的バックグラウンドは全く無く、今回の選挙で初めて出馬して自身の選挙戦も戦わなければならない(憲法上は、首相職と議員職の兼務はできないが、国民の信任を問う意味で出馬し、当選した場合はあらかじめ指名した補欠候補者に議席を譲り首相職を続けるという慣行を踏襲している)。したがって、今回の選挙で仮にボルヌ氏が落選した場合は、選挙後に新たな首相のもとで内閣を改めて組閣する必要が出てくる。

■参考資料:  Annonce de la composition du Gouvernement. 20 Mai 2022, Élysée

(Text written by Kimihiko Adachi)

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